ひめゆりの涙滴

先週末、2泊3日で沖縄本島に観光へ。

石垣、宮古、竹富、西表、は行ったことがあったが
本島の観光は初。
フツーの旅レポートとして
楽しく色々書きたいことはあるのだが
気持ちが薄れないうちにしたためておきたいことがあるので
先に記しておく。

滞在中2日目。この日は一日中、うっすらと雨模様だったが
例によって移動中に降り、現地に着くと止むという晴れ魔女力で
傘を差さずに済み
1日目の美ら海水族館から南下して万座毛、嘉手納、美浜、と
順調な旅程を経て、時間に余裕があったので
ひめゆりの塔まで足を伸ばした。

言わずもがなの沖縄地上戦の惨劇を伝える場所。
現地につくと、少し雨が強くなり
さすがに傘が要った。

気温25℃、高い湿度で包まれた現地の駐車場に車を停め
入口脇で献花を買い求めて
敷地内に足を一歩入れたその瞬間

つま先から脳にかけあがるような強烈な寒気と共に
全身が泡立つように総毛立ち
震えが止まらなくなった。

だめだここ。
入れないかもしれない。

こんな風に思ったのは初めてだった。

頭痛、背中の重さに加え
右足が緩く吊ってきて痙攣し始めた。

私は、自覚するような霊感の類は持っていない。
霊的な存在は在ると考えているが
実際見たことも無いし、会いたいとも思わない。

(信じる、とか信じない、という感情論ではなく
無いことを証明できないものは、在る可能性を否定しないのが
科学だからだ。)

が、ごくたまに、こういうことに遭遇する。

塔と献花台の間には
その時の壕がある。
献花台に立ち、花を供えて
手を合わせると
急に涙があふれてきて、寒気も鳥肌もピークだった。

このまま倒れるかもしれない、と本当に思った。
中の資料館に入るかどうか
相当迷ったが
ここまで来たし、駆け足で見るだけ見ようか。。。

意を決して入ると
ちょうど献花台に同時に居た
修学旅行生のグループと同じペースで回ることになった。

その子たちは神戸の中学校の生徒たちで
手にそれぞれ、しおりのようなものを持っている。
ちらりと覗くと、文章の間があちこち虫食いになっていて
空欄を埋めるようになっている。

どうも課題が出ているらしい。

中学生に、このような場所の深刻さを伝えるのは難しい。
例え自分はもっと真剣に見たいと思っても
みんなが居る手前、真面目になれず
恰好を付けてみたり、興味なさげにふるまってみたり。
最初はぎゃあぎゃあとうるさかった彼らと
一緒に回って観察しているうち、面白い光景に遭遇した。

そうやって、空欄を埋めるために
そこに展示してある文章を真剣に読んで
空欄に該当する答えを探しているうちに
徐々に彼らが、無口になっていったのだ。

腰履きの学生ズボンに手を突っ込んで
いかにも面倒そうに回っていた男子学生たちは
ポケットから手を出し
資料に一生懸命答えを書きこんでいる。

そこに、別に質問が無いであろうような場所でも
立ち止り、ため息をついたり、グループで歩いている子が
一人になったりと
それぞれの思いで回っているようだ。

ぐるりと展示を見て回り、出口で先に出た子供たちとまた会う。

献花台の前できゃっきゃふざけていた彼らは
翼をもがれたように一様にしぃん、、となり
うつむいたり、天を仰いだり
担任の先生と低い声で話をしたりしている。

同じような年頃の女学生たちのことだというのもあり
感じ入ることがあったのだろうか。

===
最近、どうも
世間がきな臭い。

どんな理由があろうが

戦争だけは

戦争だけは

絶対に繰り返してはいけない。

戦火に突入するのを導くのは
強大な指導者でも
右左に偏った思想家でもない

世論に流され、正しいことを正しいとも言えず
自分と違った論者を排除していく
無関心で何もしない市民だ。

===
その夜、沖縄に演奏で来ていた音楽仲間とうまく時間が合い
地元のジャズクラブに連れていってもらった。

そこで出会った方にひめゆりの話をしたら
私は糸満には入れない、とおっしゃっていた。

私もきっと、もうあの地区を訪れることは無いだろう。
今の自分には十分すぎるくらい、感じ取れた。

===
資料館を出ると
路傍に咲いていた百合の花に
激しい雨が落ちていた。

今回の滞在中、どこででも見られた
過酷な歴史を吸い上げて咲くこの可憐な花たちを
もう二度と
戦火には焼かせない。
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