アマチュアイズム

私には、アマチュアとして所属している音楽団体がふたつある。

ひとつは高校のOB吹奏楽団
もうひとつは、昨秋から参加している、広瀬未来くん指導のToDoビッグバンド。


音楽家として独り立ちして
いつどこで明文化したわけでも無いが
アマチュア音楽家として活動する場を必ず一つはいつも
持つようにしている。

幸いなことに私には
歌よりも長くやっているトロンボーンという楽器があり
高校の時に買った楽器を未だに残念なくらい溺愛しているので(笑)
文字通り下手の横好きだが
トロンボーンはいつも、アマチュアで活動していたい。
(一度だけお仕事やりましたが。)


関西Jazz-Funkセッションでホストをレギュラーで務めていたとき
参加者のあるドラマー(当時学生、現在プロ)が
打上げの場面でこんなことを言ったことがある。

「悔しいから、めっちゃ練習するじゃないですか。
そしたら技術も、だんだんついてくるじゃないですか。
で、いつか今のホストの皆さんみたいに
色々出来て、上手くなったとするじゃないですか。
・・・仕事どこにあるんですか?(>_<)」

音楽で食べて行くのは、大変なことだ。

A rock guitarist plays 3 chords to 3,000 people; A jazz guitarist plays 3,000 chords to 3 people

というジョークがあるように、

コードやフレーズを沢山弾けたからといって 客が増えるわけではない。 まじでどうやって食っていくわけ、という話は プロミュージシャンの全てが抱えている日常的不安といっても過言では無い。

好きだけでは当然やっていけない。やりたくないこともやらねばならないことが多い。

しかし、好きでないとやっていけないのも事実。

アマチュア団体に所属していて、プロと決定的に違うのは みんな、そこに、ただ好きで参加している、好きでやっている、ということだ。プロの場合は、ギャラが良ければやる、という場面もある。やりたくない曲をやってくれと言われても、やらなければならない。それをやるのがプロだし、また、それをやれるのがプロでもある。

 

しかしアマチュアの カネにもならない、むしろスタジオ代、レッスン代 ライブでもやれば会場の使用料にチケットノルマ、、、と お金を使って音楽をしている人々は貪欲だ。 あの貪欲さは、プロのそれとは、種類が違う。 どちらが良いとかいう話ではなく、同じ貪欲にも、色々な種類がある。

中には本当に、どうして貴方はプロにならなかったのか、というレベルの アマチュアの人も沢山居る。 世の中には、世界レベルの人が沢山、市井の人の中に紛れ込んでいる。 そういう人たちには、プロフェッショナルの世界だけに居ても、出逢えない。

彼らには、プロとは違った彼らの美学があり それを聞くのが楽しい。 かといっていちいち美学を言葉で聞いたりはしない。 音が雄弁に、彼らの美学を語ってくれる。

トロンボーンで参加している二つの団体は 参加費を普通に払って参加している。特別扱いは無い。 そして、払う限りはモトを取ってやると思うのが人間の心理なのか。 土曜朝9時からの合奏のために、いつもより断然早く起きたりする。それがまた、しんどいけど、楽しくもある。

こういう、部活的な楽しさというか 音楽をアマチュアでやっている頃の気持ちを、ずっと、忘れずにいたいのだ。

私は3歳でピアノを習わされたので ピアノに初めて触れた感動や楽しさは覚えていない。 むしろ練習がイヤだった記憶の方が。

しかし、中学校で見学に行った吹奏楽部で 一番後ろで何やら長い棒みたいなのを伸ばしたり縮めたりして ぷっぷか楽しそうなあの楽器がやりたい!と トロンボーンを希望して 一番最初に楽器を持たせて、ぶほーと音を出させてもらったときの あのドキドキは未だに忘れ得ない。

でも、忘れずにいたい、と言っても、喉元すぎると忘れるのが人間なので 定常的に参加する場面を課している、というところか。

今日、久しぶりにビッグバンドの練習に参加した。 予定が重なったり、体調を崩したりして、2ヶ月参加出来ずに居た。 今日はSal Lozano氏が指導に来てくださったのだが、まずやってみましょう、と一曲めの1音目が出たとき
2ヶ月で物凄く上手くなっているのにびっくりして思わず、わあぉ、と声が出た。

それぞれの技術というよりも、Tutti力、アンサンブル力、というか。
昨年秋に初めて集まったときは、ただの寄せ集めだったのが
今や完全に、ToDoビッグバンドの音、になっていた。

明日から始まる高槻Jazz Streetの、ヒーテレリハを先日やったときも
久しぶりに音を出した瞬間、同じようなことを思った。

これだから音楽はやめられない。

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