シェイクスピアと、シャーデーと

先日から少しずつ、読んでいる本がある。
【イギリス名詩選/平井正穂編】

イギリス・ルネッサンス期のスペンサー、シェイクスピアから、現代のエリオット、ブランデン、など代表的な詩人66人の名詩100篇が集められたもので、原詩の英語に、訳詩を付けてある。
原文で読めると、その微妙なニュアンスが更に味わえるのでは、そして何か作詞する上での手がかりやヒントが欲しい、と思って買ったものだが
・・・
素晴らしいもの、というのは、詩に限らず、音楽でも、「勉強してやろう」などというちっぽけな意識を一瞬で取り払ってしまう。
とにかく、言葉が美しい。ついつい、ただ鑑賞してしまい、文脈や言葉遣いの分析をしたいのに、ただため息が出てしまう。
まだ数篇しか読んでいない中で、一つ、心に残った詩がある。ちなみに、作者を見ずに読み進めていて、うわあ、この詩、すごいなあ。。。と思ったらシェイクスピアだった。そりゃそーだわ。ある意味安心した(笑)
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”真心と真心との交わりに” William Shakespeare「ソネット集 116番」
真心と真心との交わりに、よけいな異議を挟むのは慎んでもらいたい。
相手の心が変わるにつれて変わるような
相手の心が離れていくに従って離れてゆくような
・・・そんな愛は、愛ではない。
言語道断な話だ!
愛は、嵐に遭ってもびくともしないまさに盤石不動の航路標なのだ。
愛は、大海をさすらう小舟にとっては正に北極星、
高さは測りえても、真価は測りしれないものなのだ。
愛は「時間」に弄ばれる道化ではない
・・・たとえ、その曲がった鎌で、薔薇色の唇や頬が台無しにされてもだ。
慌ただしく月日がたってもいささかも変わらず
世界の終焉の間際まで毅然として堪えてゆくもの、それが愛なのだ。
もしこれが誤りで、私の考えが嘘だとしたら
・・・私は詩を書かなかったも同然
この世に愛した者がいなかったも同然だ。
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シェイクスピアがこの詩を書いたのは、ちょうどロミオとジュリエットを書いていた頃らしい。
最後の段落に、とても強い意志を感じる。
愛という、自身の生き様の意思表示。
変わらない何かをこの頃、彼は確信したのだろうか。
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死してなお後に残るのは
言葉


思想
今から400年以上も前に書かれたものなのに、この現代の都会に生きる者の心を、時空を超えてわし掴みにするような、そんな言葉。
そういう言葉で、詞を書きたい。
そういう音で、音楽を創りたい。
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好きなアーティストのひとりに、Sadeが居る。
彼女が、Love is stronger than Prideというアルバムを出したとき、そのライナーノーツにインタビューが載っていた。
”ゆっくりやると宣言してはばからないシャーデーのことだ。一体私たちは生涯で、シャーデーのアルバムを何枚手に入れることができるのだろう。
そう聞いたとき、彼女はとても大きな声で笑った
「あはは、何とも言えないけど、子供を作るようなものですものね、どう考えても多いとは思えないわ。」
Love is stronger than Pride/Sade

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