スペイン旅行記最終章~Entrada

スペイン旅行記も、いよいよ最終章。

最終日、ヘレスから早朝、ヨーロッパ鉄道で1時間半、セビリア駅へ。
乗る駅と降りる駅が、始発でも終点でもないので、注意しておかないと乗り過ごしたら事だ。

この旅は、乗り物をたくさん乗り継いだが、セビリアは初めて降りることもあり
この乗り継ぎが一番緊張した。
着いたセビリア駅で、空港バスに乗ろうとしたら満員で乗れず
ちょうど隣に居た、トランクを2つ押したおじさまと目が合い
「一緒にタクシー乗りませんか??」

相乗りタクシーでセビリア空港まで。
ドイツから商談で来ていたらしい。
この人も、英語、中国語、スペイン語、ドイツ語、フランス語を話すポリリンガルだった。今回の旅は、3カ国語以上話せる人にたくさん出会った。。。

セビリア空港から、バルセロナまでは国内線で1時間半。
そこからドバイ、関空、と
電車1本、飛行機3本を乗りついで、無事、帰国。
遠かった。。。。行くよりはるかに遠く感じた。

ドバイに着いた時点で、朝ヘレスを出てから既に20時間近くが経過しており
ま、ま、ま、まだドバイか、、、、、。。。。

結局家に帰るまで、所要時間は28時間。
しかし、この28時間のおかげで、濃密なバルセロナ~ヘレスでの5日間を
じっくりと反芻し、想いを煮詰めることが出来た。

~・~・~・~・~
今回の旅で、印象に残ったもの。
カンタオール(歌い手)たちの、哀情に満ちた声。
青い空の下を、低く低く、足早に流れ去っていく、虚ろな雲。
突然こみ上げる涙のように、静かに降って、いつの間にかあがっていく雨。
そして、雨上がりの石畳を映す夕刻の影。

~・~・~・~・~
魂の裏側に張りついた想いを
封じ込めたまま歌うような、抑えたカンタオールの声。
歌や、言葉は、風土が生むもの。

閉じ込めているのに、迸っているように感じる
あの声の圧力は
高い空の下を、足早に低く流れていく
風のような雲と
温度を孕んだ雨上がりの石畳に挟まれた
ヘレスの、レンズで覗いたような風景と
よく合っていた。

しかしどうやったら、あんな声が出るのか。。。
私も、曲がりなりにも歌を生業とし
教える仕事も長くしてきたが
自分が出来る出来ないということではなく
「どうやって出しているか分からない声」というのは
そうそう出会うものではなかった。

===
ヘレス初日の夜に見た、ファルキートの公演の時
冒頭の部分でカンタオーラが
腕に黒いストールを、赤子を抱くようにかかえて
歌う場面があった。
とても大切なものを抱いて、閉じ込めるように歌う。。。

これまで自分が歌ってきた歌い方には
無い歌い方だし
これまで聞いてきたアーティスト達でも
ああいう種類の声は、聞いたことが無かった。

声の質が違う、とか、体格が違う、ということではなく
そもそも”なぜ歌っているのか”という
根源からして、違う気がした。

そして
今までずっと歌ってきて
自分の歌にずっと、”それ”が足りない、と感じていたのに
それが何か分からなくてもどかしかったもの。
そのヒントが、そこにある気がした。
小さな声なのに、小さな声じゃない。
張りあげていないのに、迸る魂。

~・~・~・~・~
帰国してすぐ、新しい曲の制作に取り掛かった。
ヘレスに向かう列車の中から、曲の案はあったが
ヘレス・その場所であの歌を聴き、あの踊りを見て、あの風景に触れて
ああいう、閉じ込めたエネルギーを
自分の音として、自分の言葉として描いて
自分の声で歌いたい、という気持ちが
とても強く湧いてきた。

しかし、どうしたら出来るのか分からない。
こういうテーマを歌いたい、とか
こういうサウンドを描きたい、とか
こういう風景を書きたい、とか
そういう作詞・作曲の動機はよくあるし
もちろん今までも、してきたことだが
あの ”エネルギー” を描きたい
あの ”迸り” を歌いたい、という
極めて抽象的な書き方は、初めてだ。

~・~・~・~・~
ロルカの言葉をここで再び。
「ドゥエンデとは
踊りや歌に潜む、神秘的で、言い難い
魔物のような魅力のこと」
未来永劫にわたって生と死を繰り返す形式。
今という正確な瞬間のうえに
その輪郭を浮かび上がらせる。
芸術を芸術たらしめる根源的な力。
見る者も、演者も、理性を吹っ飛ばされて
丸ごと、引きずり込まれるような、そんな音楽。
・・・引力・・・

~・~・~・~・~
どうやったら、描けるのか。
イメージはあるのに、それをどうやったら形に出来るのか。
何を使えば、そうなるのか。
何を歌えば、そうなるのか。

何より、この曲に限っては
どうしても日本語で作りたかった。
スペイン語は話せないし、英語や、あるいはスキャットで書くのは違う。
はっきりと、言葉を持った、歌詞、で歌いたかった。
自分の持つイメージ
そこから出て来たもの
描きたいもの
その、三つ巴。

===
曲や詞を描いている時、途中でいつも、何度も意識が飛ぶ。
寝ているのか、起きているのか分からない。
記憶を整理している脳を、違う場所から覚醒してみているような。
そうしているうちに、ふと、イメージが固まり
音や言葉が、具体的に出てくる。

それを五線に書き、歌詞を書いてから
書いた音をピアノで確かめる、というのがいつものやり方なのだが
この意識が飛んでいる状態が今回はかなり長かった。

イメージだけのものを、何で表せばそれになるのかを
空想のように描いている時間がとても長かった。
何日かが過ぎて、まだ数小節のコードしか出来て無い時に
さすがに今回は無理か、、、、と思った


こうして、自分の曲を描いて産み出す
そしてそれを、自分で演る、ということ
その興趣さに
その楽しさに
今更ながらようやく
よし、これでいこう、という確かな気持ちが、
くっきりと根付いていた。

~・~・~・~・~
格闘の挙句ようやく
1曲が仕上がった。
激しくて、静かな歌。
タイトルは
【愛の雨】

ヘレスで何度か出くわした、乾いた空から
ふと、音も無く
突然こみ上げる涙のように、零れてくる雨のような
哀情。
今週。12日のライブで初披露します。

~・~・~・~・~
ヘレスを発った朝は、先刻までの雨が、また上がっていて
夜明け前の、雨上がりの石畳を
ころころと、トランクを引いて歩きました。
この新しい歌を、音として形に出来た時
雨の幕が上がった朝のように
新しい入口の、扉が開く。
そんな気が、しているのです。

【スペイン旅行記、終】

・・・・・
<<あとがき>>
この旅行記。
結局、全8部になりました。
思いのほか、とても好評で、本当にたくさんのアクセスを頂きました。
長い文章を読んで頂き、
また、感想もたくさん頂いて、感謝いたします。
今年は、こうやって、文を書くということもまた
一つの表現として、やっていこうと思っています。
ありがとうございました♪

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