モノの役割

外出自粛の煽りで良く見かけるもの。
【断捨離】

断捨離については一過言ありまして。

モノとしても思いとしても要らないものは、捨てたらいい。つか捨てろ。とっとと。今すぐに。

でも、モノとしての役割は終わっているけど、思いとしての役割が終わっていないものは、捨てたら絶対後悔する。それはまだ、役目が終わっていないもの。

要らないものを捨てるのが断捨離であり
要るものは捨てたらあかんのです。
モノには、機能としての役割と、思いとしての役割があるのです。


10年くらい前までは、この家住んでるの?と言われるほど、モノの無い家に住んでた。一人だったし、その前の10年が本5冊くらい書けるくらいハードな人生だったもので、何もかも処分したい気持ちだったんだろう。

今、わたしの家は、モノは多くはないけど、少なくはない。

わたしはガラス細工のものが大好きで、縁日で売ってる白鳥とか動物とかの、小さいガラス細工は今でも見かけるとつい手にとってしまう。部屋にもガラスコーナーがある。

1.17でCDやらガラス細工やら、愛着のあるものがかなり割れて、喪失感と恐怖感とで、部屋の中を飾るものは一切買わなくなった。テープで絵葉書を貼り付ける程度で、落ちてきそうなもの、落ちたら壊れそうなものは一切排除した。

でも、そんな無機質な部屋には何の楽しみもなく、必然的に家にも帰らなくなる、というスパイラルに気づいたのは、震災のことをだいぶ忘れることができるようになってからだった。

お気に入りの青のコーナーには、旅先で買ったりした蒼のガラス細工や絵が飾ってあり、毎日これを眺めるのが楽しみです。日々の生活には何の役にもたちませんし、地震があれば落ちて粉々になるでしょう。

でも、いいんです。

いつ来るかわからない来ないかもしれないもののために、明日死ぬかもしれない自分の大切なものを我慢するほど馬鹿げたことは無い。

自分のいらなくなった服は瞬殺しますが、香雪が今まで使ってきてぼろぼろになったハーネスは、全然捨てられません。

とゆーわけで2ちゃんねらーなわたしがここで有名な鉄道模型コピペ貼っときます。


17:32:24 ID:s2RHsW2o
コレクションについての話がありましたけど、私は夫のコレクションを捨ててしまって後悔した立場でした。
鉄道模型でしたけど。
かなり古い模型がまさに大量(線路も敷いてて一部屋使っていた)という感じでした。
結婚2年目ぐらいから「こんなにあるんだから売り払ってよ」と夫に言い続けたのですが、毎回全然行動してくれずに言葉を濁す夫にキレてしまい、留守中に業者を呼んで引き取ってもらえるものは引き取ってもらいました。
帰ってきた夫は「売り払ったお金は好きにしていい」「今まで迷惑かけててごめん」と謝ってくれました。
残っていた模型も全部処分してくれたのですごく嬉しかったです。
でもその後夫は蔵書をはじめ自分のもの全てを捨て始めてしまいました。
会社で着るスーツとワイシャツや下着以外は服すらまともに持たなくなり、今では夫のものは全部含めても衣装ケース二つに納まるだけになってしまって…
あまりにも行きすぎていて心配になり色々なものを買っていいと言うのですが、夫は服などの消耗品以外絶対に買わなくなってしまい、かえって私が苦しくなってしまいました。
これだけ夫のものがないと夫がふらっといなくなってしまいそうですごく恐いのです。
こういう場合ってどうしたらいいんでしょう。


捨てて空いたスペースに入ってくるものは、幸せだけとは限らない。

モノとしての役割
思いとしての役割

人も、同じ。
2度目の死が、本当の死。


さ、今日も一日。


Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です