初体験~堀文子氏の言葉

『私は今九十代のスタートなんです。
あと何年でお迎えがくるのか知りませんが、初めてのことなんです。
「九十代」は初体験です。』
【ひとりで生きる/堀文子】

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堀文子氏。1918年生まれ。95歳。
現役日本画家。

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ひょんなことから、この方とこの方の言葉を知り
ろくに絵も見ていないのに
この方の言葉が綴られた本を手に入れたくなった。

「ひとりで生きる」

このタイトルに惹かれ、購入するも積んだまま。
今年前半の疾風から、先日のSONIC LOGICでひと息ついて
積ん読箱からこれをようやく取り出して読む気になった。

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『肩書きを求めず、ただ一度の一生を美にひれ伏す、何者でもない者として送ることを志してきた。』
堀氏は若いころ、科学者になりたかったそうだ。

この本ではないが、別の出典で彼女のこんな言葉がある。

『画家とか芸術家というのは、このごろのことであって
人間がこの世の不思議の原理を追究しようとしたときには
ルネサンスのころでもギリシャ時代でも
科学者と絵描き、建築家、哲学者、宗教家は同じだったんです。
絵は結果です。』

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周知の通り私は
音楽を生業とはしているが
昼は、研究者の端くれでもある。

端くれという割には国の研究機関で働いているのだから
人様の税金でやらせて頂き、結果を出さねばならない責任はある。

音楽の仕事、と一言に言っても
演奏だけで”食べて”いる人もいれば
レッスンを主にしている人もあれば
その両方だったり、主に制作関係だったり
十把一絡げにまとめられない。

例えば私にとっては
レッスン、と、自分で曲を書いて自分でライブをするのとは全く違うものなので
違う仕事をしている感覚で居る。

ので、音楽と研究の仕事が共存しているのも、それと同じような感覚なのだが
何で音楽と研究を一緒に出来るのかが分からない、と言われたり
昼間の仕事にも収入があるせいなのか
「君は音楽を ”趣味で” 出来ていいよね」と共演した人から揶揄されたりする。

っていうか、その人は音楽が趣味じゃないんだろうか?
私は音楽は、仕事でもあるが、趣味でもある。結局、好きだからね。
あ、そうか、やりたくない音楽は絶対にやらないから
その人からしたら私は音楽を仕事にしているって言ったらダメってことだったのだろうか(笑

ふつうにただの1リスナーとして音楽鑑賞をすることも多いし
行きたいライブにはふらりと出掛けるし
見たいと思えばヘレスにでもフラメンコを見に行く。

そういう時は、別に音楽の勉強をしたいとか思っていない。
「ええなー!」「感動したー!!」ただそれだけだ。
誰が何と言おうと勝手だが
音楽自体をやめて科学だけに絞ったり
科学をやめて”音楽”だけで食べたりした結果
今両方やっているその根底に流れているのは
自分にとっては音楽も科学も同じで、どっちも好きだ、っていうか
その二つは切り離せるものではない、というだけのこと。

堀氏の言う、この世の不思議。見えないもの。聞こえないもの。知らないもの。
見たことの無い世界を見たい。
知らないことを知りたい。
出来ないことを出来るにしてみたい。
そこに何か新しく美しい世界があるかもしれない。

堀氏の時代と違うのは
私の時代は、女性でも科学の道を選べた。

それでも大学院まで進む女性は少なくはあるが
昔と違い、女性に、研究の道は開かれている。

堀氏の時代は、女性が科学者なんて、という男女差別の明確にあった時代だが
せっかく両方出来る時代に生まれたんだったら
幸いにも両方やれる体力があるんだったら
幸いにも両方やれる頭があるんだったら
両方やったらいいじゃないか、というだけのこと。

私は欲張りだから、やりたいことが二つあるのに1つに絞るなんて出来ない。
それで叩かれるなら本望だ。
だいたい、自分と違うことをやる人を、人は叩きたくなるものだし
新しいことをやろうとすれば、だいたいダメだと言われるのが常だ。
もちろんサイエンスと音楽の手法や知識は
全く違うことだが(というかそんなに違わないのだけど。4分の4とか数学だし)
全く違うことだから難しいということが、そんなにあるだろうか?

料理とマラソンが趣味という人もいるはずだし
写真とダンスが趣味という人もいるはずだ。
難しいと思った瞬間から物事は難しくなり
出来ないと思った瞬間に、永遠に出来なくなる。

若い人がよく「無理~~~~」と軽々しく言うが
あれは本当に止めた方がいい。
全ての事を無理にしているのは自分だ。
私は、やりたいと思ったことはやってみたいし
行きたいと思った土地には行ってみたい。
そこに勇気とか根性とか、カネがどうとか名誉がどうとか
どうでもよくて
やれるならやればええやん
でも、やりたくないことはやりたくない。

やりたくないことをやるほど、ヒマじゃないし人生は長くない。
”一生”を、たっぷり過ごしたい。
ただそれだけなのだ。

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現在最後の絵を書いている、という堀氏の
この本の最後の文を読み終える。
何だこの、圧倒的な静謐は・・・
青白い炎が音も無く、高温を発して燃えているような、短く鋭い言葉で編んだ文。

『闘わず屈服せず』

鮮やかな生き様。

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この方の年齢まで到達するのに
自分が今まで生きてきた年数を足しても全く足らない。
自分が九十歳になった時
「九十代は初体験です」
そんな風に言えるように生きたい。
というか、本当は、毎日、全ての時間が、初体験なのだ。
昨日と同じ日同じ時間なんて、一刻も無い。
歳を取るって
なんて楽しいのだろう。

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