双つの園、という名の店は

確定申告の入力、ようやく3月分まで終了。
1年分をまとめてやるのは、ある種地獄ではあるけれど、去年のスケジュール帳を見ながら、日付とともに克明な金額を打ち込んでいくという作業は
そっか、この日のこんな時間にそういえば、あの店に行ったなあ、とか、こんなリハーサルとかライブもあったなあ、とはっきり思い出しても行けるので、面白くもある。
それにしても今日はやけに、あるお店と、そこにまつわる人たちの顔ばかり、やたらと思い出すなあと思ったら。
去年の今日付近の入力にさしかかり、納得。
意識していなくても、何となく、刻みこまれているのが、人の記憶、というものなのか。。。
そうか。あれから1年経ったんだった。
追憶
誰しも最後は一人で旅立つけれど、本当に一人で、誰にも知られずに行ってしまった、Music Cafe SOENのマスター兄弟のお兄さん。
あまりに急だったものだから、未だに、いまひとつ実感がなくて
お店に歌いにいくたびに、いるはずの席に居ないのを見ても、今日は居られないんだなぁ、くらいにしか、思えない。
そもそも、此岸と彼岸の違いなど、その程度なのかもしれない。最近ふと、そういうことを、思うことがある。スピリチュアルとか、そういうことではなく、意識体としての、生命の存在。
いっぺんに飛び込んできた通知のメール。通夜の席での、いつも明るく剛力な感じのミュージシャン仲間との久々の再会。「こんなところで、久しぶりに会うなんてなあ」と言って、少し笑ってみせた、彼のあの難しい笑顔。
香の匂いが舞い降りる中で、しんと鎮んだ空気。でも、どこか、不思議な平和感に満ちていた気がしたのはなぜだったのだろう。
晴れた空に、大粒の雪、そして冬を追いやる猛烈な風、という、妙な天気だったあの日。花に囲まれて旅立った人は、歌を愛し、ギターを愛し、車を愛し、音を愛し
人を愛した、人だった。
あんな風に、あんなにたくさんの人に、心の底から本当に惜しまれて旅立てるような最期を、誰でもが迎えられるわけではない。
ふりかえるたびに、いつも、あんな最期を自分は迎えられるのか、と、思ってしまう。
昨年秋から私自身も再開したSOENでのライブ。こないだ終わったところだけど、それがまた来週あるのも、けして偶然では無い気がする。
その日は日本語特集だけれど、お兄さんが好きだったという、あの英語の、あの1曲だけは、歌おうと思っています。
SOEN=双つの園、という名前のお店。その名にふさわしく、二人のマスターがいた。。いや、居る、お店。
決して立地が良い場所にあるわけではないけれど、歌いたい、という気分に自然と導かれる店も、そうあるものでは、無いと思う。
◆3/13(金)
奥本めぐみ(Vo/Pf) SOLO〜日本語を歌う〜
@京都・双ヶ丘 Music Cafe SOEN
20:00〜 Tip Style
TEL:090-3162-7860

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