振れた天秤

それは昨夜突然訪れた。

日中、車で前夜のリハ音源を聞いていて
自分の演奏の酷さに嫌気がさし
このクソド下手!と汚い言葉で思わず
スピーカーから聞こえてくる昨日の自分を罵倒する。

そうじゃない、全然違う。
耳を塞ぎたくなるようなその音。逃げ出したい。

でも、どうしても向き合わねばならない。
帰宅して、その中の、ある曲を練習する。

長い間やってはいるが、上手く出来た試しが無い。
特に弾いて歌う時に顕著にダメだ。

大好きな曲で、いい感じでやりたいのに、うまく出来ない。
これほど悔しいことは無い。

違うんやって、違うって、そうじゃないんやって、ああもう、、、!と
ぶつぶつ言いながら
殊更に出来ない箇所に差し掛かる。
何度やっても、そこが上手く出来た試しが無い。
何度も何度も練習しているのに、いつもうまく出来ない。

というかそもそも、その練習が、うまく出来ない。
練習の仕方が悪いのは分かっていた。

色んな教則本を見漁り、その通り練習もした。
最近はyoutubeという便利なものもあり
検索し、練習の仕方を探して、練習した。

でも出来ない。
他の曲でも同じ。
もう何年もこの状態。

そのためのレッスンを受けに行ったこともある。

その練習法で合ってる。そのうち出来るよ。慣れだから、と言われてきた。
慣れにしても、毎日やってて何でいつまでも出来ないのか?

方法を変えても出来ない。どこにそこに到達できる方法があるのだろう。。
どう考えてもそんなに難しい技術では無いはずで
それが出来た先はセンスと、更なる上の技術の問題だが
その入り口はみんな通過している。

しかし私は、入口の手前でずっと門番に
門前払いを食らったまま
スタートにすら立てていなかった。

みんなには出来ることなのに
何で私には
何年も経っても出来ないのだろう。

時間を見つけては色んなタイプの演奏家のライブに行き
その度にその人の体の使い方
音の使い方を聞くが大した参考にはならない。
誰も、それほどに特別なことはやっていない。
もちろんセンスや技術の違いは大いにある。

でも根底に流れている技術や理屈に、大きな差はない。
根底にある技術を使いこなせる人、の、先の話。
自分はその技術自身が出来ない。
自分と何が違うのか。

単に練習が足らないのなら重ねればいいが、これでいいのか。
それとも、やっぱり才能が無いのか。
もう弾かない方がいいのか。
もう歌わない方がいいのか。

それにしても悔しい。
どうしたら、出来るようになるんだろう。
出来ない理由が分からない。

教則本の最初に載っているような
基礎中の基礎の練習をしてみる。
簡単なはずなのに、出来ない。
なんで????
なんで出来ないのだろ???

とても遅いテンポでやってみる。
それでも出来ない。
というか、出来な過ぎてまた驚く。
こうなると、早すぎて体がついていかない、とかいうような
技術の問題じゃない。
・・・・絶対に、おかしい。何かが決定的に悪いんだよ。
何かが。

これだけ出来ないのには必ず原因がある。
慣れとか、技術とかいう問題じゃない。
もう一度、、、と何度かTRYしているうちに
あることに気付いた。

ん?あ。。。!?
そのことに気を付けてもう一度同じことをやってみる。
!?

あれっ?出来た??
ぎこちない部分はあるにしろ、出来る気配が分かる。
さらにもう一度。
偶然ではない。
別の曲で試してみる。

!?
さらに別の曲、そして、今までそれをやったことはないが知っている曲もやってみる。
えっ。。。。?
出来る。。。!

~~~~~~~~~~
小学6年の夏休み前。
泳力テスト、というのがあった。
当時かなづちだった私は、顔を付けるのも怖くて
水に入り、よーいスタートと言われて
プールの壁を蹴ってばたばた、っとバタ足して
息が終わったところで終わり。その距離、5m。

私を小学校の先生にしたかった母親は
教員試験で水泳があることを知っていて
泳げない私をどうにかしようと、色々な水泳教室に連れていかれた。

特に小3の時に入れられた教室がひどく
泳げない人は一様に、足のつかないプールのど真ん中に置き去りにするという
今ではちょっと考えにくいスパルタ教育だった。

何度も水を飲んだし、当然泳げるようにもならなかった。
その教室の間中、ずっとおなかが痛い、といって見学していた。
泳げなくたっていい、別に先生になんかならないし、、、、

泳力テストの自分の番が終わり、プールからあがると
次は仲の良かった友人の番だった。
おとなしく、物静かな子だったが
その友人の泳ぎは、学年でも評判だった。
みんなの注目が集まる。

よーい。スタート。
長くスイミングに通っている彼女は
飛び込み台からきれいに飛び込み、あがるともうプールの真ん中
そしてその後、波をほとんど立てずに泳ぐ。
周りがばしゃばしゃとしぶきをあげる中
他の人を誘導するかのように
圧倒的に先の方を、すうっと水面を滑るように泳いでいく。

きれいだなあ。。。。。
あんな風に泳げたらいいのにな。。。
羨望のまなざしを受けながら水からあがった彼女に

「ほんと上手やねー。あたし全然泳げない。。。いいなあ」と言うと

「めぐちゃんは、体は浮いてるから
息継ぎが出来るようになれば泳げると思うよ。
来週の開放プール(夏休みの昼間のプールのこと)
一緒に行こ。教えてあげる。」

全く気が進まなかったが
彼女の泳ぎを見た直後のその言葉は効いた。
うん、と言ってしまった。

さてそのプールの日。
人の少ない午前中の部を選んで行く。
小1くらいの子が沢山いる浅いところに
彼女と二人で行く。

水に浅く顔付けてな、、、絶対全部息吐いてね。吐き切ってね。
でないと水飲んでまうから。
吐き切ったら横向いて口あけて!息入ってくるから!
えーこわい!水入ってきそう。。

大丈夫!じゃあ一緒にやろ!
いやや、こわいって
大丈夫!じゃあいくよ、せーの!
顔をつける。横で彼女も一緒に顔をつけてこっちを見ている。
まだ顔あげたらあかん、みたいな表情をしている。
今やで!みたいな顔をされた頃にはもう限界だった。

スイミングに長く通っている彼女の息は
とても長かった。
顔を横に向ける。
空気が肺を満たしていく。

はあ、苦しかった、、、と思うと、また顔を水につけていた。

あれ?
今、出来た??
もう一度繰り返してみた。
「ほらー出来るやん!」

彼女の明るい声がする。
じゃあ泳ぎにいこ!と手を引っ張られて
つい先日テストでスタートを切った、深い方へ。

いきなりは無理!
大丈夫って!あたし横についてるからさ。
彼女におなかを支えてもらいながら
絶対よ、離さんといてよ!と言って、泳ぎ始める。

ばしゃばしゃ、顔をつけて、バタ足をする。
息を吐いててね、と言われた通り
吐き続ける。苦しくなる。顔をあげたくなる。

横向いて!という彼女の言葉を思い出して、横を向く。
息が入ってきて、続きが泳げた。

あ、出来た。もう一回やってみよう。
それを繰り返しているうちに、25m進み切った。
さっきまで5mしか泳げなかったのに。
彼女の嬉しそうな顔。

その後、行ける時は毎日プールに通って
彼女に泳ぎを教えてもらう。
翌年。中学1年の校内の水泳大会で
25mの平泳ぎで
優勝した。

~~~~~~~~~~
水泳に限らず運動、勉強、語学なんかでもそうだが
ある時突然、あるコツをつかむと出来るようになることがある。

それまでは
なんか出来るような出来ないような、だけど
自分では出来ている実感も無いし
頑張っても全然上達しないし

才能無いのかな、諦めようかな、と思っていて
あるアドバイスだったり
自分で気づいたり
ふと電車に乗っている時だったり
熟した果実がぽとり、と落ちるように
結実することがある。

物事の上達は、坂道をあがるというよりも
広い幅の階段を上がるようなものなのだが
その階段の平坦部分がどれくらいあるのか分からない。

この段が一番上なのかどうかも分からない。
でも、続けるとその先に、段が訪れる。
いつそこに到達するかどうかは、神のみぞ知る。

この年になって、まだそういう経験が出来るとは思わなかった。
あまりの嬉しさに、寝るのを忘れて朝まで練習してしまい
今朝の予定に、少し遅れた。

~~~~~~~~~~
こういう上達の仕方を、量質転化、と云うそうだ。
天秤の左に、山盛りの塩を入れておく。
その塩を、ひと匙ずつ、右に移してゆく。
数匙では、天秤はびくともしない。
しかし、そのまま続けると、あるところで天秤は振れ
もう一匙足せば、完全に天秤は、右へ傾く。

この、びくともしない間は
右に塩を移すことなど、無意味に見える。
しかしそれは確実に、変化をもたらしている。

~~~~~~~
出来るようになると、全てが繋がる。
言われてきたこと
言ってきたこと
出来なかった理由

先の日記にも書いた、ここ数カ月の、演奏に対するいら立ちの理由
全て、これが原因だった。
それが分かると
もうその前に、どうやっていたのかも思い出せない。

何となくの感覚で、免許も無しに車を運転していたような、そんな感じ。
恐ろしいことだ。

~~~~~~~
まだやっと、天秤が振れただけだ。
でもやっと。
入口の門番に、中に入れてもらえた気がする。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です