明確なもの

先日、ツアー中に聞かれた一言。
【これから、どういう風になりたいの?】
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不惑を迎えるまでは、
課題克服型の人生だった。
目標を立て、それを前に置き
さらに目標を細分化して、クリアしていく。

10年後の自分を想像し、そこから逆算した5年後
半年後、来月、今週
今日。
”そうなる”ためには、今、何をせねばならないか。
夏休みの宿題の総ページ数を日数で割り算するような生き方。

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もちろん、うまく行かず軌道修正したこともあったが
概ね、その時立てた目標はだいたい、クリアしてきた。

そして、ふと、不惑を迎えた時。
急に、これまでの生き方が、つまらなく思えた。
計画したことを実行してつぶしていく
ゲームの面をクリアしていくような人生の
何が面白いのか。

計画通り出来た達成感はあるし、実際あった。

・・・・そ れ で???

毎日生きていればハプニングもある、というかハプニングだらけだ。
自分の想像をはるかに超えるような人や出来事に出会う。
良いことも、悪いことも含めて。

あまり緻密に計画を立てて、それを遂行することばかりに執心していては
その”面白いハプニング”を、自分に不要なこととして
見落としてしまうのではないか。

===
長いことそんな生き方で
もう、単純に
飽きた
というのも大いにあった。

どのみち、いつ自分が彼岸に召されるかなんて分からない。
計画を立ててつぶす生き方で
道のり半ばで召されたら、達成感のないまま後悔するのじゃないか。

そうして不惑をきっかけに
目標を立てるという生き方を辞めた。
その時に、自分が良いと思うものを、選んでいく。
よく言えば、風任せ。
悪く言えば、無計画。行きあたりばったりだ。

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・・・結果から言うと。
そうしてからの方が、人の輪や行動範囲は圧倒的に広がり、密になった。

以前は、ハプニングに対してもう少し弱かったと思うけれど
目の前に来る、日々のハプニングに対しての判断能力や処理能力もあがった。
掴もうが、掴まなかろうが、明日のことが分からないのは同じこと。
今良いと思ったなら、掴んでしまえ。

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自分の大きな理想はもちろんあるが
それに向かって、細分化した計画をこなそうが
もっと直感的に判断して、目の前に来るものをつかんでいこうが
”自分で選んだやり方をその時に実行していく”という点では変わらない。
それなら、もっと日々を楽しめる方がいい。

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明確なものなんて、何も無い。
音楽が、目に見えないように。

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