現在形しか無い言語

Eテレの番組が衝撃。


ピダハン、というアマゾンに住む一族。

ピダハン語には、現在形しかない。
過去形、未来形が無い。
そして数の概念が無い。

ほんの少し
少し
多い
かなり多い

しかし数千種類の動植物の名前や
どこに行けばそれがあるか、どう使うかは全て知っている。

うーーーーーーーーーーーーーーむ。

B型ナントカ波発動中。
http://youtu.be/TZxbMCPl-jQ
(ちなみにナントカ波はキレる時だけに出るものではありませぬ)

〜〜〜
言葉は文化から来るもの、と私はいつも考えている。


外国へ行っても、その風景に馴染むその言語の音感や
言葉の成り立ちの理由がある。
スペインのきつい陽射しから
例えば少なくともはんなりしている京都弁のような響きの言語が
生まれるとは自分は思えない。

関西弁には、関西弁である理由が文化にあり
東京の言葉には東京たる所以がある。

母音が曲線でうねり、発音でニュアンスを伝える関西弁に対して
ゼロイチ(0-1)発音の関東弁はデジタル的。

それは人の距離感から生まれるもの。
関西弁の中でも、京都、大阪、神戸で
言語体系や使う言葉が違うのは
文化や通って来た歴史が違うからだ。

同じ関西でも、長く都であり、千年王紀の京都と
田舎の港町がここ百数年で街化してきた神戸とは
考えも文化も違う。

海に面し、目の前に淡路島瀬戸内が広がり
風がいつも通る神戸と
周囲を山に囲まれ、夕方になると凪になる京都とは
気候も違う。

気候が違えば文化が変わり、それにともなって言葉も変わる。

===
今そのピダハンは、電気も通り、ポルトガル語の授業が入り
数の概念が入ってきているという。
果たしてそれが必要なのかどうかは知らない。

私は、自然に近けりゃ何でも幸せ
自然に帰ろう帰るべきだという
自然論推奨者でも無いし
最先端文化推奨者でも無い。

しかし、数の概念が無い
過去未来を示す言語を持たない人が
同じこの地球上に暮らしているということが
あまりに衝撃的だったので
その勢いで記しておくことにする。

書いている端から、全て過去になる。

一番上に書いた文は、全て過去の自分が書いたもの。
そして未来の時間に書き記すことは出来ない。

この瞬間に
さっきまで未来だった現在を生き
さっきまで現在だった今は過去になっていく。
どれほど進化したとしても

現在、という時間すら人間は、捕まえることは出来ない。
・・・と、過去形を使わず現在形だけで書いてみる。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です