生まれた場所、持った才能

音楽をやっていて、いや、他のこともなんでもそうだが、しょっちゅう聞かれる言葉たちのいくつかに、いつもものすごく

も の す ご く

違和感を感じる。

”子供の頃からやってたんですか?”
”誰に習ってるんですか?”

大人になってから何かやっちゃいけないのか?
誰かに習わなきゃ何か始めちゃだめなのか?
てか、誰に習ってるんですか、ってそれ大人に聞く質問か??

音楽をやり始めるのは、子供の頃でないといけないのか?
ジャズを父親や母親が聞いてないといけないのか?
家にいつも洋楽がある環境じゃないとR&Bに目覚めないのか?
おじいちゃんがピアニストじゃなきゃ演奏に目覚めちゃだめなのか?
誰かが教えてくれなきゃ音楽ひとつもできないのか?
歌なんて声さえ出りゃ何にもなくたって誰でも始められるのに、なんでそこに習うという前提が必要なのか?

大人になってなんかしたくなった人はどうすりゃいいんだ?

人生100年の時代に突入しようというのに、まだ生まれた環境や才能にすがるこの風潮は何なのか。持って生まれた才、家の環境、そんなものが強く影響するのはいくら遅くても18才までだ。それからあとは自分。それを大人になって幼少の環境のせいにしてるならそれはお前のせいだ。多少でも金を稼げるようになって、家や学校、生まれた地域という檻を出れば、少なくとも知らなかった世界に出会う。

そして大人になればなるほど、どんどん知らないことに出会う。若い頃には興味すら湧かなかった、振り向きもしなかったようなことに、急速に興味が出てきたりする。やってみたいと思う。そんな時に、子供の頃からやっていた人たちがマウントとってきたり、若い頃からやってたからできるんですよね才能神話に犯された人々の言葉が立ちふさがったりする。

どうでもいい。別にやればいい。才能があろうがなかろうが、やりたきゃやればいい。40から始めたって、50までやれば10年選手。60までやればその道20年の大ベテランだ。始めるのが遅いと、確かに体がついてこなかったり、若い時みたいな瞬発力には欠けたりする。でもそれがどうした。別にやればいいじゃないか。できようができまいが、売れようが売れまいが、売れたところでどうせ死んでしまえばみんな忘れられる。誰もあんたのことなんて気にしてるようで気にしてない。人生はあんた一人のもの、あんたの人生だよ。って誰にゆってるんだろ笑

ジャズやフラメンコや弾き語りを始めたきっかけ?そんなものどうでもいいよ。要はやりたいと思ったからってのが最大の理由で、生まれた家にジャズもフラメンコも弾き語りもなかったよ。だけどやってるよ。やりたきゃやればいいんだよ。出来るかどうかは、そのあとの自分次第。ただそれだけ。

Follow me!

生まれた場所、持った才能” に対して1件のコメントがあります。

  1. みやっさん より:

    奥本さん、はじめまして。
    YouTubeで奥本さんのピアノ弾き語りを楽しみに視聴している者です。
    この記事、今の自分にグサッと突き刺さりました。
    素敵です!パワーをいただきましたありがとうございます!

    1. megumiokumoto より:

      みやっさん様、初めまして!
      コメントありがとうございます!
      Youtube見てくださってるのですね、嬉しいです(●’ᴗ’●)

      記事、何か届いたようでしたらよかったです!
      これからもよろしくお願いいたします!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です