目に見えないもの

1年後、2011.3.11金曜日、という日付を、何人が覚えているのだろう。
被災地の地名を正確に、何人の人が読み書き出来るだろう。
2年後、5年後、10年後。
そして、その時に、阪神大震災の日付を
ニュージーランドの、奥尻の、ハイチの、スマトラの地震を覚えていて、支援を続けてるのは
そのうちの何人だろう。
災害は、地震だけではない。
ハリケーン、台風、集中豪雨。天災だけでも、これからいくらも待っている。
「ああ、そうですよねえ、あれは1月でしたっけ?何年前でした??」
阪神大震災後、ほんの数年後なのに何度も聞いた、この台詞。
当事者以外の興味は、その程度のものでしかない。
それを責めるつもりもないし、仕方ないことだ。
それが当事者、部外者の現実だから。
自身に降り掛からなければ、私も分からなかった。
つい先月起こったニュージーランドの地震の時に、こんなにチャリティや激励が沸騰しただろうか?
NZ地震の報道は、今やほとんどされない。ほんの数週間前の話なのに、もう既に、いつだったか忘れている人も多いのではないだろうか。
今、東北関東大震災の、被災された当事者で無い方で、支援やチャリティ、ボランティア、そういった活動に興味を注いでいる人に、心からお願いしたい。
私の意見に賛同してくれた方にも。
私の意見を批判された方も。
どうかその熱い気持ちを、少なくとも1年、持ち続けて欲しいです。
それが続いたら、そのまま熱い気持ちのまま、5年持ち続けて欲しい。
他に災害が起こっても、今の被災地に、その気持ちを持ち続けて欲しい。
もちろん、新たに起こった災害の被災地のことも、考えて。
災害被災地、戦争被災地、世界中に、本当に沢山の、その時あたった光の影になった部分に、沢山の悲しみと苦しみが存在し続けていることを、覚えていて欲しい。
忘れないで、いて欲しい。
今失われたのは、目に見えるものです。
これから失われていくのは、目に見えないものです。
本当に助けが必要なのは、これからです。
失われた目に見えないものを、新たな形で再建するのは、これまた、目に見えないものです。
ただ、その中で、失われた目に見えないものを、
さらにズタズタに切り裂いていくのもまた、目に見えないものです。
私はその感情の正と負や、復興の光と影の中で、必死に立ち直ろうとする、小さな様々な力の一つ一つを、見ていきたいと思うのです。そのことに、どうやったら私の片手片足を使えるのだろうか、考えたいのです。
両手両足をボランティアに使ったら、自分が倒れます。
片手と片足を誰かのために、もう半分は誰かを支える自分のために使う。
その力を今は、蓄えさせて欲しいのです。
今、チャリティにボランティアと、日本中が、世界中が、沸騰しています。
”それは素晴らしい活動だ”と、何度も書いているんですが
どうも、自分は、今は少し動かずに考えたい、どうするべきか、見極めたい、と書くと
こちらのやり方を否定するな、同じ方向を向こうよ、なんで今動かないんだ、今やらずにいつやるんだ、この人でなし、お前はおかしい、と言う意見が即刻飛んできます。
私は、今動く方々に、やるなとは、一言も申し上げていません。
どうぞ今、その気持ちを大切に行動を起こして、そして、それを続けてください。
私は、今少し、考えたいのです。
連発する地震が、この先、自分をも襲うかもしれない。
自分を襲わなくても、また別の災害は、どこかで必ず起こります。
そんな中で、自分がずっとやり続けられることは何なのか。
動かないのは何もしないと同じだ、と言われるなら、そうなのでしょう。
それでも私は、今は考えたいのです。
今回の震災ですら、大きく報道されている以外の地域で、生き残ったはいいけれど息絶えそうになるほど苦しんでいる人がいるのです。友人にも居ます。その人に今直ぐ物資を届けたいのに、自分で車を運転していってもあちらにガソリンがありませんし、それによって引き起こる渋滞で、緊急物資を運ぶ車を止めるのは本末転倒です。でも、宅配便は届きません。何も出来ないのが現実です。
どこかに今募金しても、配られるのはずっと先です。今やっているのに、実行されるのは先なんです。
ネットは、やはり、”今”を捉えるツールで、立ち止まる人には不向きなのかもしれません。
私はこれ以降、自分自身の考えを発することに関して、ネット以外に別の手段は無いか
探そうと思っています。
それがまだ何かは、分かっていません。
でもそれは、やはり、目に見えないもののような、気がしているのです。
ネットのように「目に見えないものを可視化しようとしたもの」では無く
もっと、温度と体温が感じられる何かのような、気がしています。
2011.3.15 深夜
※上記理由で、Twitterも退会致しました。
沢山フォロー頂いて、楽しみにして下さっていた方には申し訳ありませんが
どうかご了承ください。
また、前回の日記やTwitterで不愉快な思いをさせてしまった方には
今さら取り消しようがありませんが、本当に深く、お詫びを申し上げたいと思います。
色々な人種が居る、ひとつのことに対しても、これだけの想いがある、ということをお伝えしたかったことだけは
ご理解いただきたいですが、それも私の表現が至らず、伝えられなかったのだと深省しております。
私もどうすればいいか思案がまとまらないのと
自分自身の、先の震災のトラウマとで、冷静な判断は難しい状況なのかもしれません。
そのような状態で何かを記すべきなのではないのかもしれませんが
書かずにはいられなかったことを、お許しくださいませ。
応援して下さる方が、それでもまだいらっしゃるならば
今後の、私の生身の展開を、見守って頂ければ幸いです。
奥本めぐみ

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