羽は火に、灰は雪に

今年に入ってから、不思議な縁がつながって、新しいフラメンコの先生にバイレ(踊り)を習い始めている。その方とはお互いに、まるで血が呼び合うような感覚だった。


ある人を介して知り合ったのだけれど、その方が私と師匠の両方に、「あなたには絶対あの人が合うと思う。絶対一度会った方がいい」と強くお互いに勧められ、そこまで言われるなら、と言って出会った。

会った瞬間。
というか、私は彼女のレッスンと踊りを見にいったのだけど
私は、彼女のレッスンのスタイルと、彼女から迸る踊りとエネルギーから
彼女は、レッスンに見入る私の姿と、その後の少しの会話から
お互いが背負っている、孤独の深淵を理解し、飲み込んだ。

まだ数回しかお会いしていないが、分かり合うというのは、回数ではない。
あっと言う間に、師弟、いや、それ以上の血のつながりのような物が生まれた。

その師匠なのだが。
師匠のお姉さんと甥っ子さんが、福島で被災され、亡くなった。
甥っ子さんはまだ、2歳だったそうだ。
その報せが私のところに入ったのは、地震から10日経った頃。
共通の知り合いの、歌い手さんからだった。

師匠は何も言わず、地震後、次のレッスンいつにする?といつも通りのメールを送ってきていたので、その歌い手さんから「●●さん、大変なことになってるの知ってるよね?彼女のそばに居てあげて。。」と言われたときは、本当に驚いた。全く知らなかったし、気付かなかった。

そして、今日、本来ならレッスンがあったのだけど
昼間行った病院で思いがけず採血され、少しふらふらしていたので
「ふらふらしてるので踊れるかどうか微妙だけど
師匠に会いたいから顔だけ見に行っていいですか」と連絡したら
こんなメールが返ってきた。

===
ありがとう、でも、今日はやめときましょう。
私も今日は、何だかレッスンに集中できる精神状態じゃなくて。。。
心に穴が空いてます。
でも毎日毎日踊ってます。
また一緒に飲みましょう。

孤独だね。
めぐみさんも私も。
だから音楽出来るんですよ。

羽は火に
火は血に
血は髄に
髄は灰に
灰は雪に
今こんな感じです。

コンディションのいい時に会いたいから
また次の予定を教えて下さい。
近いうちに一緒に踊れたらいいね。
そのときは、あなたの満足のいくレッスンが出来ると思います。
===

こんなに哀しく
こんなに優しく
こんなに慈愛に満ちた
こんなに孤独なメールは
これまで、見たことが無い。

一瞬で涙が溢れてきた。
周りでどれほど
復興復興
がんばれ日本
日本は一つ
あなたは一人じゃないと応援しても
誰も、その人じゃない。

どれほど募金しようが、
どれほど物を送ろうが
その人に家を建て
家族を取り戻してあげられるわけじゃない。

支援は決して無駄ではない。
でも、最後は、結局本人が立ち上がるしか無い。

この復興支援の追い風の時に
また水を差すのかと言われるかもしれない。
でも、それが現実だ。
家族も家も職もを失い自殺する人も出て来ているが
その悲しみを誰が止められようか。

せっかく生き残ったのに、などと
私は到底言えない。
生きていれば必ずいいことがあると言うのなら
今それを下さいよ、もう希望なんか無いよと思う気持ちを
誰が否定出来ようか。

「みんながこうやってなあ、毎年なあ、直美のこと忘れずに
お参りしてくれてなあ。
ありがたいんやー。ほんまになあ。
でもなあ、めぐ
みんなが帰ってしまうとなあ
ほんまになあ。。。寂しいんや。。。
なお(直美)がなあ、居ってくれたらなあ。。。」
と、先の震災で亡くなった親友のお父さんは
毎年、酔って、そう涙ぐむ。

娘の葬式で
「毎日明日が来ることは、当たり前じゃないんです。
今、自分たちの周りにあるものは、当たり前じゃないんです。
周りの人を、大事に、してください。
ここに来てくれた人がそう思って暮らしてくれたら
直美の死は無駄ではない」とまで言い切った
気丈なお父さんが。

私が毎日傍に居てあげられても
直美さんの代わりは、出来ない。

最後は、その人が受け止めるしかない。
その人の傷みを変わって引き受けることは
誰にも出来ない。

===
師匠の悲しみは、あまりに深く
羽は火に、火は血に、灰は雪に
という、その一節が
何度も何度も繰り返されて
東北の、重い雪のように、心に深く降り積もる。

〜〜〜
灰から生まれた雪は
どこに積もるのだろう
雪がいつか
溶ける春は来るのだろうか
雪の下にはまだ
種は生きているのだろうか

生きているのなら
どうか 種よ
小さくていい
花を咲かせて欲しい

そして、少しでもいい
この大地に再び
黄金の実りを
この世界に再び
萌黄の種を


今生きている命が
まだこの世にある間に

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