母が出してきた、見覚えのない鍵。
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真新しいのに、とても古い形の、YAMAHA、と刻印された鍵。
「これ、何の鍵かしら?」
先月の末、残り香が風に消えるように、私の手元を離れていった、古いピアノの鍵だった。
・・・今回の引っ越しで、ものすごい量のもの達と決別した。
本来諦めの悪いほうではないけれど、それでも思い出に浸りたい気持ちはある。数々の食器やグラス、食器棚、冷蔵庫、洗濯機、ベッド・・・
離れるのにかなりの勇気を必要としたものもある。思い出の余韻に、まだ浸っていたい、そんなものも沢山あったけれど、次に進むべき、目の前にある道は、感傷を連れて歩き回れるほど、甘い道では無い。
それでも、ピアノだけはやはり、手元においておくつもりで、置き場所も決めて、運送業者に運んでもらって、引越しの1週間後、運ばれてくる、はずだった。
ところが
運ばれてくる日が近づくにつれ、それが今の自分に本当に必要なのか、という気持ちが強くなってきた。
数年前、自身の音楽やそのやり方、方法論で非常に悩み、なかなかその渦から抜け出せなくて、今でも尊敬している、あるミュージシャンに相談したことがある。
その人がそのとき言った言葉が、今でも忘れられない。
「オレん家、ピアノ無いで。
毎日現場やし、実際に弾いてどうこうっていうことよりも、イメージ力や分析力の方が大事で、イメージできるものなら弾けるはずやし
そもそも、オレもそうやけど、自分、家に帰ってピアノ弾いてる時間なんかある?存分にピアノ弾ける時間になんか、家に居らんやろ。」
ピアニストの家にピアノが無いということは本当に驚きだったが、その人の活動状況を見ていれば、そりゃあそうだろうと思った。そもそも他の楽器陣と違い、ピアニストは自分のピアノを持っていても、それを現場に持っていけるわけではない。
頭では、ピアノが家にあっても、弾く時間はそんなに無いと分かっている、それでも、やっぱり手元にピアノが無いなんて・・・とも思った。
が、自身をよくよく照らしだしてみれば、「手元にピアノがある、という安心感」 に依存したいにすぎなかった。
結局、ピアノを運んでもらう前日になってから、運送会社に電話して事情を簡単に説明したら、そのまま快く買い取ってもらえることになった。その手続きも、とてもスムーズで、やはりこういう運命だったのだ、とつくづく思わされた。
結局、たいした別れもしないまま、あのピアノは、影を残さず去っていった。不思議と、そのピアノが運び出された日、一緒にずっと使っていたピアノの椅子も、処分していた。
何度も張替えに出して、大事に使っていたもので、その日まで捨てるつもりはなかったのに、食器棚を引き取りに来たリサイクル業者の人が「他に処分するものあったら、ついでに持っていきますが?」 と尋ねられた途端、あれも処分しよう、と思いついたのだった。
それも何か、こういう風になっていく流れだったのかもしれない。
・・・そしてその鍵と一緒に
「こんなものも一緒に出てきたの。」と言って母が出してきたのは
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小学6年の時に書いた、書初めの文字。思いのほか、力強い字で、自分でも驚いた。
・・・今回の引越しは、要らぬ過去と決別し、必要なものだけを持って次へ進む、そんな感じがしていたけれど
初めて見た、一度も使われたことのない、今はもう無いあのピアノの、古くて真新しい鍵は
過去を閉じ、未来を拓く鍵のような気がして
今は
キーホルダーの中に、収まっている。
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