昨夜は久々に高槻のFUNKセッションにちょこっとだけ参戦。

ふと思い返して
セッションの旧ブログを眺めていると(現在のはamebaブログに移転している)
最初の頃の写真にたどり着いた。

始まった頃は、ホンマ皆がギラギラしとったな、、、天イチこってり脂症かというほどに。
プロの参戦も確かに多かったが
アマチュアの人も、プロ志望の人も、本当にバカみたいなGrooverのプロたちに
みんな食らいついて食らいついて
プロは食らいつかれまくった挙句
何やったらちょっと肌を食いちぎられるくらいだった。
プロ連中からは
「若い芽?さっさと摘むに限るわ!(笑)」とかいう
冗談めいた言葉もよく聞かれた。

まさに切磋琢磨、という感じだったと思う。
そのころ、セッションホストを中心にする、よく遊びに来るプロ連中を総称して
「チーム黒船」と呼ばれていた。

誰からともなく、自然に付いた名前だった。
正に、Funk業界に真っ黒な異形のGrooveで現れる黒船
そのものだった。

あの頃はよかったという話をしたいのではない。
時は刻々と積み重ねられ、時代も変わる。
たとえばあの頃が良かったのだとしても、同じやり方をもう一度やってみても
5年も過ぎれば時代も違う。
同じようにはならない。

===
自論だが
ミュージシャンである以上
ギラギラしたものが無くなったら終わりだと思っている。
自分も含めて。

自分にぎらぎらしたものが無くなった時は
音楽人を廃業する時だと思っている。
上手いかどうかは関係ない、全く別の話。
魂の話だ。

Miles Davis曰く
【古いミュージシャンは変わることなく、安全でわかりやすい
もうくたびれきったことを何度も何度も繰り返して
博物館のガラスの中の陳列物みたいになっている】

【音楽はハートでやるものだ。
だからいくら音が似てたって
音楽はまったく違うものになる。】
と言っているが

ハートが、魂が無ければ、たくさん音を並べたところで
先人達が千度擦り切れるほど
繰り返してきたことの焼き直しにすぎない。

そうやって自分が出来ることに甘んじて
座ったまま腰もあげないような音楽など聞く気にもならない。
マイルス引用ついでにもう2つ。
大いなる自戒も込めて。

【大切なのは、自分だけのサウンドだ。
それがないかぎり、どんなメロディを演奏しても意味がない。】
【自分が知っていることよりも、ずっと上のことを演奏しなきゃならない。】

===
旧ブログを読んで、写真を見ていると
なつかしい面々とともに、自分がその頃、何を思っていたかをおもいだす。

そういえば昨日のセッションで、久しぶりにやりたい曲があったので
譜面を持っていったら
参戦していたサックス奏者の2人が、大丈夫、譜面持ってるよ、と言って
出してきた譜面は、私が書いた譜面だった。
ふむ。普及には少なくとも、貢献したようだ(笑)

さあ、ここから今自分が、何を起こすか。
凧を揚げる風が無ければ、自分で走って風を起こす。
昔っから、それが自分のスタイルだからね。

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