平安の世を、渋谷にて

いよいよ明日明後日、10/14〜15、渋谷セルリアン能楽堂にて平富恵さんのスペイン舞踊団の公演【梁塵秘抄】。本日ゲネプロ、現場の能楽堂。凄い。
 
 
後白河上皇が生涯をかけて集め編纂した【梁塵秘抄】は、民衆、遊女や博徒など当時の民たちの口端に歌われた歌”今様”を集めたもの。やっと叶った恋の艶、来ない男を恨む歌、遊女の日常、子供達の遊び歌など、民の心の機微を歌い上げたその言葉には、今と変わらぬ日常が宿っている。
 
その歌の中から厳選し、その言葉に日本フラメンコカンテ界の雄・石塚隆充さんが全て書き下ろした音曲と、フラメンコとの和合。
 
今回の公演の概要です、と言って渡された資料には、梁塵秘抄の成り立ちが詳しく記されていた。資料を作ってくださることにも、この公演にかける意気込みを感じる。そこにこんな記述があった。
 
〜後白河上皇の残した口伝集には、今様の起源や歌い方の技巧などが記されていた。詩文、和歌、書などは書いたものが後世に残るけれども、”声技”は自分の死後は残らない、だから後世の人のため、これまで存在しなかった今様の口伝を作成して残すのだ、と後白河上皇は述べている〜
 
残したかった言葉、そして、文字にはどうしても書き留められない、音の流れ。
 
譜面というものに対して毛嫌いとさえ言える嫌悪感を示す人が一定数居る。この間合いは譜面なんかじゃ表せないんだよとか、耳で覚えて!譜面とか書かないでとか。そういう人に限って譜面は読めないのが多いのは何なのか。
 
楽譜は、言葉では書き落とせない、耳にしか残せない音魂を、何とかして後世に遺そうと先の偉人たちが頭を絞って生み出したものだ。間合いとか微妙な歌い回しまでは書き残せないことくらい、書き手は分かっている。記譜された音たちからそこで何を表したかったのか読み取るのが演奏家の仕事。2,3世紀頃には既に音が記譜された形跡があり、五線譜になるまでにはグレゴリオ聖歌を記すための一本線から四本線へと進化したネウマ譜など、2,000年近い歴史がある。
 
私は譜面に対しては、音と同じ敬意を常に持っている。それは音に対する歴史であり、今自分を自分足り得るものにしてくれている音への敬意に他ならない。バッハの無伴奏ソナタ、この手書きの楽譜。譜面から音が溢れて、今にも流れてきそうな。楽譜というのは、こういうもの。作り、奏でようとした音楽家の手形。
 
 
後白河上皇が伝えようとした当時の日常の生が、21世紀の渋谷に蘇ります。
 
今回のメンバーは音楽家がみんな本当に手練れで音楽力のある人々ばかり。リハが楽しくて仕方ない。昨日最終リハを終え、いよいよこれから、サウンドチェック、そしてゲネプロ。
 
 
明日明後日、お席残りは相当希少なようですが、ぜひお出かけください。
 
 
 
 
 

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