音描〜Grégory Privatライブ

4年ほど前だったか、まだこちらに住んでいない頃。渋谷のタワレコに立ち寄りJazzフロアの試聴にあった真っ黒でシンプルなジャケットに惹かれて聞いた音。2秒で止めた。こんなところで聞いている場合じゃない。続きは家で聞く。じっくりと。聞きたい。瞬殺だった。それ以降、家で聞くCDといえばまずそれ。一日中かけていることも多い。

そして去年。少し慣れた横浜の街をふらふらとしていて見つけた、その人の2枚目、と思ったらこれがデビューアルバムだったことをあとで知る。

そして昨年末。フラメンコの仕事で行ったスペインレストランになぜかその人のフライヤー。来月東京に来る。なんてこと!!!即予約した。

それが今日見た、Grégory Privat。ピアニスト。

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改装の終わった東京駅。ひろびろとした広場、歴史ある建物。関東の駅でも一番好きな駅。交差する時代、漂う旅情、北へ南へ、西へ東へ、遠方への列車の行き先、人の温もり。

順番に席に通されるまで、フロアで待っていると、前にいた若い男性二人がバンド話を始めた。どちらも学生ミュージシャンらしい。セッションもいっぱい行って、勉強にすごいなるけど、サウンドを練り上げるっていう勉強はなかなかできない。今はバンドでしっかり音を固めて、音楽性をあげたい、という話に興じている。

開演時間ほぼきっかりに始まったCotton Clubでのライブは、その日限りのセッションではない、バンドの音。譜面無し。全てオリジナル。Gregoryのピアノの音は、ふっくらとして、凛として、透明。無理のない音運び。

ピアノ弾きだから観客には少し背中を向ける形になる。アイドルみたいにこちらを見てにこにことしているわけではない。ただひたすらに、ピアノと対峙し、時折音に沈むようにして背中を丸めて弾きに入る。

聞き入ってしまう。

新しいアルバムを持っていなかったので、全て新しい曲。そういうお客さんも多かったと思う。でも、聞き入ってしまう。「みんなが知っている曲」なんて一曲も無いステージ。

本人が書いて本人が弾くということの説得力は、何にも叶わない。世界観、とかそんな安っぽい言葉ではなく、圧倒的に、その人そのもの。

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“僕は芸能人になりたかったわけではなく、音楽家になりたかった。ヒット曲を作りたかったのではなく、好きな音楽を作りたいと思っていた”

昼間テレビでやっていた、かつての大スターの会見。介護の疲労が目尻に濃く刻まれ、風に吹かれればほろほろと崩れ消えてしまうほどの頼りない姿で話す彼が何の責でそこまで攻め立てられねばならないのか全く理解に苦しむが、そういった業界の風情にも疲れてしまわれたのだろうか。文字通り一世を風靡し知らぬ人がいないほどのスターダムまでのしあがった彼の今を見ていて、果たして何が幸せというのだろうと思っていたところに、今日のライブ。

好きな音楽を好きなペースでやれることっていうのは、実は一番幸せなことなのかもしれない。

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ライブが終わり、会場で新譜を買う。

サインをしてもらった。

いつも持ち歩くポーチに。

さて。

また曲書いて、言葉書いて、ピアノ弾いて、歌うかね。

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