スペイン・ラマンチャ公演へ、その3〜ちょっとマドリード後編

おニューのかばんを手に入れご機嫌になったところで、再び街へ。

 
マドリードと言えば、プラド美術館。と言っても美術館巡りにはさほど興味が無く、どちらかというと街並みとか建造物とかその辺のレストランとかに入って一服、な方が好きなので、観光と言っても名所名跡博物館の類を訪れてうわーーというタイプではない。
 
ただ街をぷらぷらして、地元の人が買い物するようなスーパーでちょっと果物買ってかじったり、路地を入った店で服買ってみたり、というのがだいたい観光の常だが、名所を巡りながら回ると街並みも見られる、というわけで、移動は基本オール徒歩。地下鉄もあったけど初めて来た街で地下に潜るなんてもったいなすぎる。
 
 
宿がグランビア通りというメインストリートから程近いところだったので、グランビア通りを東に下るとシベーレス広場。
 
 
こういう標識群の異国感がたまらない。
 
シベーレス広場を南へ下ってくとプラド美術館の前を通るわけだが、この通りが横浜でいうところの大通り公園みたいになっていて、道に挟まれた公園を散策しやすくなっている。
 
 
ふと街角で花嫁さんに出くわした。
 
 
プラド美術館は、空いていれば名画と言われるやつだけでも見ようかなとか思ってたら長蛇の列。全然無理だった。。。笑 ので周りだけぷらぷら。美しい美術館。ここはまたマドリードを訪れる機会あれば入ってみたいなー。
 
 
 
 
ちなみにこの写真。
午後6時です笑
 
この後、宿には20時には戻りたかったので駆け足になるのは覚悟だったけど、美術館に興味は無いがどーしてもこれだけは見たくて足を伸ばしたのが、王妃芸術センター。
 
 
そう。”あの” ゲルニカの原画がある美術館。
 
入り口でお金を払ってゲルニカの場所を聞きわき目も振らずにそこへ向かう。現代アート好きな方なら一日中居られる美術館だろうけど、現代アートは今の所興味ない。
 
途中かなり前衛的な何かも色々展示されていたが全スルーしてゲルニカの展示室へ。本作の手前あたりから、ゲルニカの習作やピカソの作品群が展示されていて、気分は盛り上がり、さて、現物。教科書で見たコレ。
 
 
。。。あんなデカイ絵だったとは。。。
 
縦3.5×横8m弱という壁画レベルの大きさ。何重にも塗り重ねられた筆の跡とその勢い。スペイン内戦への怒り。子供の屍を抱いて泣き叫ぶ女、折れた刀を持った腕の千切れた男、牛、馬。
 
教科書の小さい挿絵で見ると、何が描かれているのか良く分からんなーと思っていたのだが、実物はその大きさもあり、戦禍が、死が、涙が、炎が描かれているのがこちらへ迫ってくる。
 
絵の正面で、題材となったスペイン内戦の当時の映像が流されていて、日本ではおおよそ放映出来ないだろう厳しい戦争の様子がはっきり映されている。ゲルニカ、という町の無差別爆撃の惨状。その映像との相乗効果で、絵が何を言っているのか、そこに居る人に考える時間を与える。
 
習作を見てからまた原画に戻って見ると、あの絵がこうなったのか、と良く理解できて、習作の記録が並べて見られるのが良かった。
 
その周辺の展示室は、主に戦争などの暗い場面を描いた他の画家たちのシリーズだったが、余りにもピカソが圧倒的過ぎて全く見る気にならない。
 
ピカソの絵には加害者が描かれていないのだが、描かれている題材のわりに陰鬱さが薄く、嘆き、怒りといった負の感情も、どこか前を向いているように感じた。他の画家のはただ暗く鬱々としているだけで、光がなかった。
 
そういえばゲルニカには、真ん中上のあたりに太陽のような電球が描かれているが、あれは何なんだろう。
 
そういえばゲルニカは、全てが上へ上へと向かって描かれている。落ちる女も顔は上、子の屍も、兵士も、子を失った母も、みんな上を向いている。だがそういえば他の画家の戦争作品は、全てが下へ向かっていた。
 
そういうのが、チカラを感じさせるのだろうか。
 
怒りや嘆きをどの方向に向けるかで、物事の行方は大きく変わる。正当に前へ向けることが出来れば、死にたくなるほどの嘆きも越えるときが来る、だがそれを内面の、落ちる方向に向けてしまったら、もう立ち直れなかったり、別の負の連鎖を産んだりする。
 
それにしても人はいつの時代も
 
何と戦おうとしているのだろう。
 

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