サイドブレーキ

快晴の日曜日となった昨日は
女友達と1日、明石~神戸を巡る旅。

その方がはまっている、とある、いわゆる”女子ゲー”というジャンルのゲームの
舞台となっているのが、神戸に違いない!ということで
彼女にとっては、検証ツアー。

で、彼女の言う”検証してみたい場所”が
ことごとく、私の幼少の記憶のある場所とも重なっていたので
私にとっては、生まれ育った神戸を巡る旅。

まずは、舞子公園~明石海峡大橋へ。
私の最初の記憶は、3歳の時。舞子台の団地からの、海の風景と
舞子公園から家に戻る、坂道の風景。
あの頃は、まだこの橋の、影も形も無かった。

いつもさんふらわあで、この下を通るのだけど
陸の真下、橋の付け根から臨む淡路島へのこの眺望。
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途中、長田神社を経由して、三宮へ戻る。
長田は、高校時代を過ごした場所。
昼食は、友人が、明石焼きを食べたことがない、というので
神戸に帰るとつい寄ってしまう、老舗たちばなへ。
ここは、出汁が絶妙!
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北野へてくてくと散策し、いったいいつぶりかわからないくらいの
久しぶりの、風見鶏の館。おそらく、大学の頃以来。
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絵描きのおじさまが、神戸の風景を描いておられて
ステキな絵だったのでひとつ所望しようかと近づいたところ
「お姉さん。。。。。日本人ですか??」
まあ、もう慣れましたけど(笑)
日本で日本人ですか?て。。。(^^;)
いろいろお話しながら、2つほど気に入ったのを購入。
碧い夕暮れの神戸。
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北野坂を降りてきて、ふと横道を見ると、気になる店構えの喫茶店。
アジアンテイストなインテリアも、Too muchじゃない統一感で
自然に落ち着ける。

そしてその一角に、なんとスタインウェイのアップライトピアノ!
アップライト初めて見た。。。
ラムレーズンのバターケーキが悶絶するほどの美味さで
口にした途端、友人と2人でのけぞったほど。。。。
珈琲も、とても好みの味だった。
ピアノは、丁寧に手入れされていて、明らかに普段弾かれている雰囲気。
聞くとライブもやっているとか。
ここは、いいご縁になりそうだ。
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ポートアイランドの北側から、対岸の神戸を眺める。
この風景は、大学生から社会人になった、震災前の、想い出の場所。
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そのまま再度ドライブウェイをあがり、森林植物園六甲山牧場、と経ると
中学の時に林間学校で来た”自然の家“も通る。
まだあるんやーーー!と懐かしく思いながら、摩耶山・掬星台まで行くと
ちょうど夕闇から夜に移る瞬間。

この碧い夕暮れ、は、自分の歌【白い坂のある街】にも歌詞にしているように
神戸で最も好きな風景でもある。
同行した友人は仙台出身。
震災の話を出来る、貴重な友人でもある。
ここまで神戸が戻ったこと。光の力。
しばし、無言の時間が流れる。
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そのまま表六甲ドライブウェイを降りると
神戸で住んだ中で最も好きだった
幼稚園~小学校3年まで住んでいた
【白い坂のある街】のモデルでもある場所の
1本西の道を通る。

友人に、ちょっと寄ってもいいかな、と断って
昔の家へ。ここからも、素晴らしい夜景が眺められる。
「こんなの見て、育ったんですねえ。。。」
「そうやなあ。。。。」
また感慨に浸る。

さて、軽く夕食でも食べて帰りますか、と
一路大阪へ戻り、近所のファミレスへ。
最初は
今日は一日、天気も良かったしどこ行ってもタイミングとかばっちりで
楽しかったねーーーという、
他愛もない会話だったのだが
引きの強さは、まだ、終わらなかった。

~~~
昨今、体罰の問題で
人を殴る、ということについて
議論がなされているが。
はっきりと、断言したい。
暴力は、正の力は、何も生み出さない。

必要な暴力など無い。

何も生まないどころか
暴力を受けた人に、あとあとまで引きずる大きな禍根を残す。
暴力を受けたことは、頭では出来るだけ早く忘れたい。
実際、そのこと自体は、忘れるのは早い気がする。
しかし身体は、心は、覚えている。
その結果、暴力を受けた相手に、残るものは。

~~~
私は、何かを人に頼む、ということが
きっと、人に比べて、極端に、少ない。
自分で何でも出来るからでしょ?という意見もある。
しかし、自分で出来ないことでも、無理してやってしまう。

病気で倒れていても、誰かに電話するということはまず無い。
もちろん、この出来ないことを無理してやってきたから
今の自分の生命力があることは疑いが無い。
しかし、それは
誰にも頼りたくなかったから、ではない。
理由は分かっている。
「こんなこと私が頼んだら、迷惑、と思われるかも」という意識が
働いてしまうのだ。

~~~
仕事の依頼のような、オフィシャルで、比重の大きいことならまだしも
例えば昨日、昼食をどこで食べるか迷い
以前別の友人が連れて行ってくれた店に行こうと思ったのだが
店の場所が思い出せず
連れていってくれた本人に電話したのだが
連絡先を開き、番号を押すまでに
実は相当
「いや、いま電話急にしたら、迷惑じゃないかな。。。」と
思ってしまい、身体がこわばっていた。

何か小さな依頼事ひとつするにしても、あたし、毎回必ず、これがあるのよ、、、
こんなこと、人に話すん、初めてやけど、、、と
ファミレスのスパゲティにしてはまぁまぁな
トマトバジルソースのパスタをすすりながら話すと
友人は、後ろの席の人から振り返られるくらいの大声を発して
(もともと、控えめな喋り方の人で、大声を出すということは、あまりない)

「はぁぁぁぁぁ!?!?!?
なんでぇぇーーー!?
おかしいよーーー!そんなの!
迷惑でも何でもないやん!」

分かっている。
分かりすぎるほど。
それが自分でも本当にいやだった。
むしろ、これがなぜなのか
どうしたら克服出来るのか、ずっと考えていた。

そう、例えば友達同士で行った居酒屋で
ちょっとお醤油取って、ということ一つとっても
誰かに何かを頼むとき、背中と肩に
異様なまでの緊張が走り、心臓が縮み、からだがこわばるのだ。

~~~
「それさあ。昔からそう?絶対違うと思う。
それ、絶対、なんか原因になった出来事があるはずだよ。
思いだしてみてよ。
今日ずっと巡ってきたじゃない。想い出の場所。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、、、
思いだそうよ。
何でもいいからさ。話してみてよ。」
1日、景色を巡ったように
今度は、記憶を辿る旅が始まる。

~~~
3歳の頃の記憶なんてほとんどないし
幼稚園の頃は、魔女っ子メグや~魔法つかえーと言われて
よく泣いてたなあという記憶と、幼稚園と家が遠かったという記憶。
転校する前の小学校は、むしろ楽しい記憶しか残っていない。
転校した後の小学校は、いじめの走りのようなこともあったし
転校生だったゆえに、そんな目にも遭ったが
今にトラウマを残すような原因は、あまり思いだせないし
大した問題でも無かった。

中学校は、転校先の小学校からほぼ同じメンバーが持ち上がりだったが
その頃には既に、今のような、一匹狼的な立ち位置を確立していて
しかし、親しい友人は居たし
よく友人宅に押し掛けて遊んでいたところを見ると
そこに原因は無さそうだった。
高校、大学、、、
と辿るうちに。
突然。

頭の中で、あるどなり声が聞こえた。
「何でそんなこといちいち人に相談するんや!
迷惑になるやろ、考えろや!!!!!」

身体がこわばる。
背中と肩に緊張が走り
心臓がぴりぴりする。
それが誰の声だったのか、しばらく思いだせなかった。
思いだそうとするうちに、もうひとつ、どなり声が聞こえた。

「それは自分一人で解決することやろうが!
いちいち人に相談なんかすんなや!
お前が考えて、お前が一人で解決せえや!」
「俺に相談されてもしらん!お前のことやろう!!
お前が一人で考えて行動せえや!!」

声の持ち主が誰か、思いだした。
そして、その台詞の後、なぜ身体がこわばるかも思いだした。
その人に、何度も殴られ、蹴られたからだ。
殴られる前の感覚。
それが繰り返された数は、二桁では済まない。
その台詞と、殴られることはセットだ。
・・・6年前まで、一緒に住んでいた人の台詞だった。

~~~
それまでは、自分の進路を決めるような大きなことももちろんだが
服やアクセサリーを買いに行くにしても
これどうかな、と意見を聞いたり
人よりは少ないかもしれないが相談していたし
少なくとも、居酒屋で友達に醤油を取ってもらうことに
いちいちぴりぴりなどしていなかった。

その声の主は、2人でご飯を食べに行って
その人の近くにあるお醤油を取って、と言っても
「自分で取れや。」
といって不機嫌になり、帰ったらそれが原因で殴られた。
「自分で取れない距離じゃないやろ。
何でいちいち頼むねん。」

そういう小さいことが積み重なり
だんだん、人に何かを頼むということをしなくなり
それでも、誰かに本当に相談したいような時
本人に相談しても、一人で解決しろと言われ
それでも誰かの意見が聞きたくて
友達と会って話をして帰ってくると
何をしていた、どこに行っていた、男だろう、
相談って何や、どうせ俺と別れたいとかやろうといって
殴り、蹴られ、

「平手打ちされた勢いで、小さな石のピアスが
前から後ろに抜けて耳たぶが破れたり
折れたメガネの端で顔を切ったりさあ、、、、、」
・・・・と、その当時のことを話していると
聞いてはいたけど、そこまで酷かったとは。。。。
と、友人が涙ぐんでいた。

そうして暴力下に置かれるうちに
誰かに相談して殴られるなら、自分で解決しよう
何かを言って殴られるなら、黙っていよう
何かを頼んで殴られるなら、自分でやろう
という行動になっていった。

~~~
今までずうっと、人と対峙するときに
”何か”が、輪っかのロックをかけてた。
対峙する、という瞬間に
その輪っかは、ぎゅっ、と自分を締め付ける。
輪があるのは分かっていたけど
何なのか、何ゆえなのか、ずっと分からなかった。

知らない間に
自分を出せないようにはめられた、きつい輪っか。
でも、輪っかの存在に、普段は気付かない。

そして、誰かに物を頼みたいときに、呪文は発動され
その【緊箍児】=孫悟空の輪っかは、締め付けられ
痛みが走り、行動が、制限されていく。
こうして書いていてもまだ
”迷惑”という単語の響きに
ぴり、っと身体が反応している。

頭では分かっているのだけど
条件反射的に、身体が反応してしまう。
発声学的にも、心と体は、表裏一体。
身体がこわばれば、心も、強張る。

~~~
これだけライブをしてきて
何で聞きにいってると思ってるの!?と
リスナーの皆様に怒られるのを承知で告白すると
自分のライブですら
「ごめんね、忙しいのに
私のライブにわざわざきてもらって
あたしなんかがやってご迷惑おかけしてます・・・」
みたいな感覚だった。。

そう思うこと自体、お客さんにとんでもなく失礼なのに。
なのにお客さん、あたしのために時間つかって
迷惑じゃなかったかな、と思ってしまっている。
おかしいのは分かっていた。でも、そうだった。

共演者に対しても同じだ。
私なんかで良かったんだろうか。
もっと他にいい人がいたんじゃないだろうか。
迷惑じゃなかったかな。。

自分が呼ぶ場合も
あたしのライブで良かったのかな
他にいい人とのライブがあったんじゃないのかな。。。
迷惑って思ってないかな。。。
キリがない。

~~~
「あのねめぐみさん。
迷惑だったらね。
大人だから。
とっくに切ってますって。
連絡もしませんて。
引き受けませんて。」

その通りだ。
なのに。

自分がどこかに呼ばれたり
相手が受け入れてくれたりしたら
めちゃくちゃ嬉しいのに
それが、上手く、表現出来ない。
誰かに何かを頼まれたり
力を貸したりすることは
自分は嬉しいのに、人に出来ない。

~~~
その声の主と一緒に音楽活動をしていたとき
どんな良いライブでも、必ず帰ってからや
帰りの車で、殴られた。

あのMCは何や
あの言い方は何や
果ては
楽器を片づける順番がいつもと違う
車への積み方が下手だった
車を持ってくるのが遅い
今日の帰り、その道は通って欲しくなかった
あっちの道の方が近道だ

言葉尻や、行動の端々を捕まえて
気に入らないところを羅列し、殴られた。

そのうち、言葉尻を捕まえられないように
さっさと話すようになっっていった。
え?何て?聞こえへん、といってまた殴られるのだが
それ以上言わなければ、それ以上エスカレートすることもない。
早口は昔からだが
この数年の早さは自分でも異常だと思う。それは分かっていた。

”自分の話をゆっくり聞いてもらう”
と言うこと自体に恐怖感があるから
話をさっさと済まそうとして
早口になる。

でも、そんな輪っかのようなロックがあるのが分かっていても
自分ではコミュニケーションを取りたいし
誰かと関わりたいし
そもそも音楽なんて、誰かと関わらなかったら何も出来ない。
共演者、お客さん、ライブをさせてくれる、会場の人、スタッフ、事務所の方。
そんな人々に、何だったら、何でも頼みたい。

~~~
何かをしようとすると、やめておけと呪文を唱えられ
締め付けられる緊箍児(きんこじ)は
いわばサイドブレーキ。
サイドブレーキをフルで引いた状態で
アクセルをいっぱいに踏み込んで、前に進もうとしている状態。
回転数ばかり上がるが、速度は出ず、エンジンは過熱し
オーバーヒート。

そしてある時、限界が来て、倒れる。
倒れても、人には頼らず、自力補修。
それの、繰り返し。

~~~
それでも、そんな私のことを
周りの人はみんな、受け取ってくれていたのに
自分が全部、拒絶してた。
怖いから、という言い訳の元に。
怖い思いをするくらいなら、一人で行動した方がいい。
いつの間にか
そうなってしまっていた。

~~~
そうして、さっと軽く夕食を食べて帰るつもりが
友人にはほとんど終電。
でも、ひとつひとつ、解きほぐしてもらううちに
頭の中が軽くなり
そうしているうちに
自分がいかに、今まで、人に対して、失礼で
無礼なことをしてきたかが
あからさまに見えてきた。

迷惑かもしれない、と思って控えたり、しなかったりした行動が
結果的には相手にとって
何でこの人、連絡してこないんだろうとか
何で何かあったとき、呼んでくれないんだろうとか
一人でご飯食べるくらいなら、近くにいたのに、声かけてくれたらいいのにとか
実際そういって怒られたこともある。
それでも、いや、迷惑かな、って思った、と
言ってしまっていた。
自分の中だけで
人付き合いしてきてしまっていた。。。。

~~~
今すぐ飛んでいって謝りたい人々もいる。
迷惑かも、という勘違いをしたばかりに
失礼なことをしていたことも、多々、では済まないほどある。
本当に、ごめんなさい。と、言いたい。

~~~
友人曰く
きっと、無かったことにしたかったんですよね。。。
でも、あったことですから!
消さずに、整理しましょ。

本当に、ありえないことだったんですよ。
そこを、自覚していきましょう。
怖い事はこわいって言っていいんですよ。
そして、怖いよーっていって
話してください。
人に迷惑かけてください!

~~~
昨日一日は、天候、チョイス、タイミング
全てに引きの強い一日だったが
最後にこんな、過去との邂逅が待っているとは。。。
昨年末から、こんな氷解が、続いている。
実家のこと、友人のこと
そして、自分の過去。

・・・今日のは、取り立てて書く必要もない
極めて個人的な内容だけど
体罰の問題、暴力の問題が取りざたされている今だから
言いたい。

暴力は、負しか生まない。
そして、一度負になったものを、ゼロにするためには
負と同じだけの正の項を要し
さらに正になるためには、それ以上の項が必要。
ありがたいことに、今、自分の周りに、居てくれるのは、
正をくれる、人々。

~~~
私の周りに居てくれている皆さんへ。
何と言うか、、、今更なんですが
本当に、ありがとうございます。
まだ、負の穴ぼこに気付いたところですが
これから、少しずつ、ここにちゃんと、タネを埋めていきたいと思っています。

~~~
やっと、まだちゃんと、壁を立てずに人と対峙していた
ここによく来ていた頃に
戻れた気がする。。。

来週月曜日、京都で弾き語りのライブがありますが
来て下さった皆さんと、お話しながら
ゆったりと、音を、歌を、描きたいと思っています。
足を運んでいただけると嬉しいです♪
出来るだけ、ゆっくり話すように、心がけたいと、思っています。
そして、原因が分かった今なら
それが、出来そうな、気がするのです。
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