唯一正社員で働いた最初で最後の会社を4年ちょっとで辞めた時はまだ2000年になる前。

携帯を持つ人がようやくぼちぼち、家でネットはかなり気の早い人、メールはまだ一般的でなく基本は電話、23時からのテレホタイム(死語)、会社のデータ保存はフロッピー、書類の作成はまだワープロだった。

部長の前にハンコもらう列が出来、女性社員が早めに出社してテーブル拭いてお茶をくみ、総合職で入ってもコピーは頼まれるし終身雇用大前提。

やめて音楽やる、食えない間は派遣の仕事で食い繋ぐと言うとハケン?何それ?そんなシステム怪しくない?と言われた時代だった。

やめる時、本当に応援してくれた同僚もいれば、馬鹿じゃないのと鼻で笑ったやつもいた。その時、絶対こいつらと同じだけ、いや、それ以上に稼いでやる、と決めた。

必死で仕事を取り、ライブをやり、働いた。機材を買い車を買い、音響の無い店でも自分で全部持ち込んで演奏の仕事を取った。赤字の仕事も引き受けて、レッスンやり始めてからは朝10時から夜11時までレッスンして声を潰し、病院に通って治しつつ、まだレッスンしてた。

昼も夜もなく働き、いつ寝てるの?とよく聞かれた。実際寝る暇なんてなくて4時間寝れればいい方だった。その代わり、稼いでた。

一昨年。当時の昼仕事の契約が切れる段になって、最初は次の職場を探してたし、何なら決まりかけてた。正社員で来てよ貴方ならこれだけ出すって言ってくれる会社があり、一瞬揺らいだ。

どうするかな、、、と悩みながら、ふと、過った。

「この収入右肩上がりを目指す生活は、いつまで続くのだ?」

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昼仕事から足を洗い、1年はゆっくり過ごしながら考えようと思った。音楽専業にシフトしつつ、あまり躍起になって仕事仕事ではなく、昼仕事が無くなった分出来た、たくさんある時間を大事に。収入は激減した。当たり前だ、昼の仕事やめたんだから。

でも、その分音楽の仕事は増え、さぁそろそろ仕事に本腰入れるかな、ってなった時に、コロナ禍が始まった。

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今朝、ふと目が覚めたら5時45分だった。1分前。

あれから26年。最初に書いた会社に入った年。

もう、震災前よりも震災後の人生の方が長くなった。

あの日亡くなった友人の葬儀で、お父様が

今ある毎日は、当たり前じゃないんです…!

と絞り出すように仰った言葉が、その時の声のまま、ずっと頭に刻まれている。

なのに、人は、忘れる。そのことを。

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健康なこと。そして、自分の時間を持つこと。

これが一番、豊かなことではないか。つまり、金では買えないもの、金で値段を付けられないもの。

“右肩上がりを目指す生活はいつまで続くの”と思ったのは、どう考えてもいずれ健康に問題を来すことが容易に予想できたからだ。朝7時前に起き、フルタイムで働いたその足で演奏仕事やリハやライブをやって、帰宅は終電なんていう生活がいつまでも続けられるわけがない。幸い精神は比較的丈夫に出来ている方だが、気を抜けば一気に精神も持っていかれそうな状態がずっと続いてた。

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ようやく、「今」を、生きているような気がしている。

過去でも未来でも無い、今。

震災だけでなく、長く生きていればいるほどキツい状況は何度も襲いかかる。語ればたしかに波瀾万丈気味の人生だが、その波瀾万丈の各シーンをわざわざ自分で再生させて、それを隠れ蓑に上手くいかないことを言い訳している自分も居た。

逆に、今の状況は未来のため、と、未来をも隠れ蓑にしている自分も居た。

特に今年に入ってから、これが”今”をちゃんと歩くっていう感じなのかな、と、きちんと過ごせてることが増えた。明日のことを考えてないと言われればそれまでだ。が、今日無くして明日は無い。

小さい小さい、取るにも足らない生活のことを、ひとつひとつやる毎日。

今日は、何もしなかった日。

香雪と一日中、のんびりと過ごした、ただそれだけの一日。

おやすみなさい。

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