何をしたくないか

やりたいことがある人
やりたいことが見つからない人
あれもやりたいこれもやりたい人
あれもやりたくないこれもやりたくない人

自分は何をしたいのかという命題については、自分は何を”したくないのか”を考えると見えて来る。

例えば【明日死ぬとしたら最後に何を食べたいか】とかよくやる質問だけど、いまだに最後に食べたいものなんて分からない。
が、外食や買ったもので不味いものに当たった時に感じるあの独特の、どこへぶつけていいかわからん苛立ちは、これが最後の飯だったらやっとれんわというような、大袈裟気味ではあるが真実に割と直結している。
最後に食いたいのは少なくとも、自分の口に合わないものや、嫌いなものでは無いことなのは、明確だ。

もしこの後死ぬとしたら今何したいか、って思った時、たいていはとてもプライベートなことに行き着く。好きな人や親しい人と一緒にいたいとか、心ゆくまで美味いもん食いたいとか。
最後の瞬間に、今やってる仕事はほんまにしていたい仕事なのかどうか。

かのジョブズがスピーチで、今日やる予定を本当にやりたいか考えてNOの日が続いたら何かを変える必要がある、と言った言葉はあちこちに引用されているが、それを本当にやる人がどれくらいいるだろう。
多くは、別に大してやりたく無いけど生活あるしやめられないとか、やりたいかどうかより金とか理由を色々つけて、いまそれ本当にやりたいのか、と目の前に置かれた立て看板から顔を背けて通り過ぎることがほとんどだろう。

若いうちは、多くはまだ、死がそれほど近くない。が、歳をとってくると、若い頃はぼんやりとすら見えず、その日があるのは知識としてわかっている程度の最期の日が、明確な稜線を伴って視界に入ってくる。
今年、このことを考えた人は世界中に少なからず居るだろう。自分もその一人。

人生において何がしたいか、っていうことって実は
とても小さなことなのかもしれない。


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