反射鏡

今日は友人と家飯。

この人とつまらない話になることは無い。いつも詰まりすぎてるくらい、みっしりとした話題が多い。”濃い”とかいう軽い感じでは無く、話すに足る話題。

帰途に着く友人を見送りながら思う。

人も物も、本当に心許せる、自分が自分であれるものだけで良い。心を乱されるもの、自分の人生に意味のないもの、気持ちよくないもの、そんなものに時間や心を割いている暇があるほど、人生は長くない。

人は自身の願望が、自身の本質と違う方を向いている時があり、願望と本質がずれた時に自身や周囲に軋轢が起こる。軋轢が起こって初めて、自身の本質に気付いたりする。

そういう意味では、悪い経験も自分を照らす鏡になり得る。

が。

本質が出るのが反射鏡に照らされた時だけだと、その鏡が無いと自分を出せなくなり、いつも自分の望まない鏡を目の前に置いて映し出されたもので自分を判断することになり、それは、自然と溢れる本質とはまた別の、鏡という正に対して、自身の負の本質が照らし出されてしまう。

自身が陽となって本質を溢れさせるのは、対峙する反射鏡では出来ない。隣に並び、歩み、呼応し合って同じ方を向いて流れる陽だけが、引っ張りだしてくれる。

いい一日だった。

こういう、今日が最後でも悔いはない、っていう日を日々、過ごしていたい。ほんとに。

そう言えば、鏡の反対語、って、何だろ。

今年は紅葉も色が乱れがち。それもまた良し。

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