夢への道標

先日、SONIC LOGICのライブに来てくれたあるお客さんに、終演後ご挨拶に行ったら
「めぐみさんって、グルメですよねえ!」
とおっしゃるので、え、どゆこと?って聞くと、続いてこんなことを。
「だっていっつも、すっごい良いミュージシャンの方たちに囲まれて、やってはるじゃないですか
でも、日記読んでたら、まだそれでも乾いてて、飢えてて、何かまだ新しいものを求めてるって感じがするんですよね それがすごいなと思う。」
===
26歳でプロの音楽家を志した時、30歳までに、ライブハウスで定期的に歌えるようになっている、33歳までにまずはプロになって、音楽だけでご飯を食べていられるようになる、というのが目標だった。人より遅く始めた分、早く音楽だけで食べられるようになりたかった。
目標は達成され、音楽だけで”ご飯を食べる”生活は、33歳のときに自分の教室を開いて以降、長く続いた。
しかし果たして、この「音楽だけでご飯を食べる」こと。
これが”プロになる”ということなのだろうか?
世界的にも有名な指揮者、佐渡裕さんの逸話に、こんな話がある。
まだ指揮だけでやっていけない若い頃、小さな営業のコンサートやレッスンを沢山いれて、同い年のサラリーマン以上に稼いでいて
でもどこかで、もっと大きな指揮をしたいと思いながらくすぶっていた頃に、小澤征爾氏に会った。
そこで現在の生計の話になり、今やっている仕事を話すと、小澤氏にこう一喝されたという。
「本当の音楽家に、本当の指揮者になりたいんだったら、そんな、生活するための音楽など、今直ぐやめてしまえ!!!」
その怒鳴られたことが、彼を後に、バーンスタインのもとへ走らせることになり、現在の自分が、あるのだそうだ。
===
音楽でお金をもらえるようになってくると、時として、”プロ”の基準や、自分自身の夢が曇ってくることがある。生活のために、音楽を使って稼ぐことも当然出て来る。音楽なのに、ただ音楽という手段を使って稼いでいるだけのような。
最初に音楽を志した時に見た、大きな夢は、そうしているうちに、近づけば近づくほど、その夢は遠くなっていくような気がする。
===
つい数日前、Twitterで、佐藤竹善さんが、こんなことを書いていた。
「大学時代の夢:いつかプロになれたら、今観てるライブの客席みたいにいろんな世代が、親子とかだったりして、いいカオで並んでいる、そんなコンサ−トをやれるようになりたいなあ。。(1985 Stevie Wonder来日公演にて)」
ああ、【夢】って、こういうことなんだな。。。と思った。
夢、は、見るもの。
見ない夢は、実現出来ない。
だから夢は、夢であっていいのに、だんだん、手垢に汚れて、実現可能な範囲での”目標”ばかり追ってしまう。近づくほど遠くなる夢に、どこか諦めかけてしまったり。
でも、そっか、それでいいんだよな、と思った気持ちを文字に留めたくて、思い切ってご本人にメッセージを送った。返事など別に要らない。ただ、竹善さんがその夢を書いたことが、届いているよ、と伝えるつもりで、自分の想いを文字にしたかっただけだった。
「そうですよね。夢ってそういうことなんですよね。。。何だか、気持ちがすっきりしました。ありがとうございます。」
そうすると。
ほどなくして、竹善さんから、お返事があった。
というか、メールボックスに「ダイレクトメールが届きました」の文字を見たときはリアルに3度見しました(笑)(もちろんお会いしたことはありません!)
【達成までの道のりが辛苦の連続だからこそ、達成されるべき夢はシンプルで温かなものにしときたいですね^−^) いつか御一緒できますよう。】
===
達成されるべき夢は
シンプルで温かなものに。
===
”プロになること”は、夢への道標。目標、という一つの通過点。
だんだん、道は険しくなる。
小学校の卒業式で、一文ずつ分けて言わされる例の儀式(笑)で私が担当した一文は
「その道は、曲がりくねっていても」
ちなみにその全文は
「その道は険しくとも
その道は曲がりくねっていても
知恵と、勇気と、体力で
一歩一歩、進んでいきます」
===
私の夢は、それは、本当に、絵に描いたような夢物語。
でも、2006年に、トロントへ、私が最も敬愛するアーティスト、Barbra Streisandのコンサートを見るためだけに、初めての海外旅行に挑戦した時、いつか、こんなコンサートをするんだ、とあれほど心に描いたもの。
Barbra Streisand
あのコンサートこそが、私の夢。
偶然と奇跡が重なって、ど真ん中アリーナ10列目、明らかにVIP席という場所で、目の前で見たBarbra。私の席の斜め前で見ていて、終演後、涙を流している私に、いいコンサートだったわね、来てくれてありがとう、と話しかけてくれた年輩の女性は、Barbraのビデオで何度も見た、Barbra Streisandご本人の、お母さん。
その時の決意が、長くくすぶっていた自分を解放させ、それが今の仲間達と出会いにつながり
自分の描く音楽を、共に創ってくれる仲間に、こんなに囲まれている。
私は、今の仲間たちや、後輩たちに比べて、始めたのが遅い。始めた年齢の26歳は、早い人ならもうひとかたの地位を築いている年齢。私より優れた、若手のミュージシャンも、どんどん出てきている。メジャーシーンに燦然と出て行っている人も多い。
でも、私は、今でなくていい。
あの2006年の全米コンサート時、Barbraは、64歳。
彼女の年になった時、あんなコンサートがしたいのだ。
若い人も、年輩の方も、夫婦で、親子で、ドレスアップして
何万人も入る、大きなホールに集まって
全編バラードで綴られても全く飽きない、興奮しっぱなし、涙流しっぱなしの
最高級、最上級の、全身が震えるような、音楽を
何なにがかっこいいとか、グルーブがどうとか、そんな評価的な単語を全て吹き飛ばす、ただひとえに「素晴らしい」の一言に尽きるコンサート。
私があの時のBarbraの年になるまで、まだ23年もある。
23年も、あるのだ。
下に貼付けたyoutubeの映像は、その年の同じツアーの、フロリダでのもの。Barbraはなぜか日本では、そんな有名では無いけれど、アメリカの本当に国宝級の大スター。今日Barbraのコンサートがあります、とニュースで流れるほどです。
最後のシーンで、実は今日初めて知った、思いがけない場面が登場します。そこまで含めて、私の夢の形。
【達成されるべき夢は、シンプルで、温かなものに】
◆Barbra Streisand “People” 2006 Florida

Follow me!