時短の路傍

ショートスリーパー気味とはいえ、1日6時間は眠りたいし、ちゃんと回復させたければ7時間。
起床時のストレッチや軽い筋トレ、洗顔といった朝のルーティンと身支度、肌のケア、ちゃんとやれば30分はかかる。
朝食を落ち着いて準備し、ゆっくり食べて、片付けたら早くても30分。
昼食も、ちゃんと用意して食べて片付けたら1時間。

香雪の散歩を、急かさずちゃんとゆっくり行けば、この時期ならだいたい2時間。
香雪のご飯とか世話とか遊んだりとか、細切れの時間を足すとこれも1時間くらいにはなるだろう。
晩御飯は、夫が家に居る時ならゆっくり飲みながら作りながら食べながら話すから、だいたい2時間。
風呂や、寝る支度、身体のケアもちゃんとやれば1時間。

ここまで合わせて15時間。

なんだか、仕事してる暇なんか無いなあ、と最近思うので、今日散歩しながら何となく計算してみたら、そういうことだった。

1日、残り9時間しかない。笑

あ、掃除洗濯忘れてた。じゃあ残り8時間。いや、7時間か。

ここに花の世話が入ればこれも小一時間
買い物も何か面白い素材は無いかとスーパーを眺めながら行けば余裕で小一時間かかる
パンを焼いたりおやつを作ったりヨーグルト仕込んだりしてたらこれも小一時間。

残り、4〜5時間。

ちょっと曲を書く作業に取り掛かってみたり
本を読んでみたり
仕事の準備をしたり
オンラインのレッスンをしたりとかしたら、もう、1日が終わる。
目が回るような多忙もなければ、仕事仕事仕事では全然ないが、ぼけっとしてる暇も、そんなには無い。

以前、特に一人だった頃は全部これを切り詰めて平行してやってた。起きて15分で家を出る、コンビニでパンとコーヒーを買って車で移動しながら片手で朝食、昼食も買ったものを片手で食べながら何某かの作業、合間に作っておいた買い物リストをピックアップするだけの事務作業のような買い物、散歩しながらメール、香雪にご飯あげながら掃除、晩ご飯は外に居る時なら外食、自宅なら簡単な炒め物、風呂も行水、睡眠は4時間。平行して物事を進めていない時が無い。ひたすら時短、時短、時短。
「**した方が早い」それが口癖だった。


色んなところで使われる、時短とかコスパとかいう単語。コスパ=費用対効果は、率が高いほどいいとされ、安いけどそれなりに質が良いもの、簡単だけど成果が目に見えやすいもの。手軽で美味しいもの。コスパの良し悪しが判断基準の一つになっている。

本当にそうか?

今の自分の暮らしには、時短もコスパも無い。何かを並行してやることも、ほとんどない。
けど、時間があるから、突然思いついてパウンドケーキを焼いて見たりできる。
あ、そうだ、あれをやってみよう、って思いついた時に、動くための時間がある。

ひとつひとつ、ちゃんとやるように暮らしてみて、今までどれほど「暮らす」ことを疎かにしてきたかを思い知る。時短の路傍に置き去りにしてきた、生きている時間。

それは本当に、時短してまででも費やす価値がある時間なのか。


稼ぎ、というものをマクロで考えることが多い。年収300万時代という本が売れたり、退職後2000万問題とか、大きくまとめて考えがちな、生活のための金額。

贅沢もしないけど、ぎりぎりでも無い、自分にとっての普通の暮らしの額。今までは自分も、月収とか年収でそれを考えがちだったけど、ふと思いついて、それを計算して、例えば365日働くとしたら、日々いくら稼いだらいいのか、日割りしてみた。マクロ視点からミクロ視点への転換。

えっ。

あれっ?こんな額でいいのか。
思っているより、全然低い金額だった。それくらいなら、80になっても全然稼ぎ出せそうだった。
元気なら。という、前提。


木を見て森を見ず、ということわざがある。細部にとらわれすぎて全体を見られてない、というたとえ。
だが、「森を見て木を見てない」ことが、暮らしには多く潜んでいる。

車を突然手放して7年くらいになるが、昨年ロードバイクを始めたのも、なんかこういう風になっていく布石だったのかなあ。とか思ったりして。

散歩の途中。
大きなピンク色の花が目に留まる。皇帝ダリアだ。
もう何年も毎秋ここを通っているのに、全然気づかなかった。
今年植えられたものなのか、前からあったのか。

散歩道の景色を楽しむのは
時短コスパ精神では出来ない。

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