書を捨てよ、街へ出よう

モーレツリハ地獄2連発の翌日の今日は、一日オフ。
今日は家中、足の踏み場も無いほど散らかしまくってました。というのも、先週くらいから






家ん中を片付けてます(笑)
昨年の12月にも、大量にモノを処分して押入れ1つ開きましたが、ふと見渡すと、まだあるんですねぇ要らんものが・・・今月に入って既に45Lのゴミ袋に、20袋以上捨てました。
で、今日処分したのは
本棚1棹分の本。
実は、ちょっとしたきっかけがありまして。
先日ベッドで寝しなに、何度も読んだお気に入りのマンガを読み返していて、これまで経験したことのない 「飽きた」 という感覚に初めて襲われました。
マンガ好きの私は、今までどんなに何度も読んだマンガでも、何度目でも、飽きる、ということがなかったのですけれど、 何というか・・・
もう今の自分にはあまり必要のない内容だな、と感じました。確かに数年前までは、そのマンガから受ける影響は大きく、げらげら笑ったり、励まされたり、涙したりしたんですが。
全巻通して読んでも、どこにも何にも「来る」ものがなかった。ただ、ああ、そうだったな、という記憶の再起があるだけで。
んで、ほかの本やマンガも、お気に入りのものをいくつか手に取って読んでみてたのですが、どれも同じ感覚。
それで本棚をひとしきり見渡してみると、もう5年は開いていない本や、何度も何度も読んで、もう完全に覚えてしまってる本、捨てるにはしのびない、というただ懐かしい思いだけが残っている本・・・が、本棚のほとんどを占めていました。
ので、今日、一つ一つ中身を見ながら処分してたら、1棹分あった本は、小さな紙袋1つに収まるほどになってしまい・・・しかも残したうち半分は辞書類で半分は書類。別に本棚でなくても十分収納できる代物。
その調子で他の物も一つずつ全部手に取っては確かめてるのですが、何か別に、どれも、要らんなぁ、て感じのものが多く。
実家にも、私の荷物は下着一枚残ってないので、今の家にあるのが私の持ち物のすべてなんですが
生きるのに必要な「モノ」なんて、あんまり無いなあ、と思いました。
タイトルの「書を捨てよ、街へ出よう」は、かの寺山修司氏の著書ですが
書=過去の知識を積み重ね、体系化し、整理された秩序の世界に執着せず、動き続ける、無秩序で理不尽な街へ飛び出せ、それを己の目で見ろ、という意味だと思うのですが、まさに今、そんな気分。
別に、今捨ててしまっても、記憶の引き出しの中にしっかり入っているものは、揺るぎようが無く。
何か形として所有していなくても良いんですよねー。
もし必要になるときがきても、それはまた別のカタチで必要な気がします。
明日はこの本を売り払って、街で30日のHeat Elementsのライブの衣装でも買ってこようかな。

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