歌えるようになるまでに

「練習は時間の無駄」
〜生まれつきの才能がなければ楽器やチェスの上達には限界があるとの調査結果〜

某SNSで、主に音楽関係者が食いついていたこの話題。
少し調べてもこの記事しかリンクが出てこないので
この大学のサイトで同専攻を調べてみたら
実際にこの大学で心理学を教えている先生の調査結果のようで
論文もリクエストすれば手に入るようだ。

D. Zachary Hambrick

”自分がもつ能力がどれほどなのかがわかり
目標達成できる確率を前もって知ることができれば
向いてないことに時間を費やさずに
自分に合った分野により注力できるようになるだろう”

反論・同意を招いていた部分は主にココのところだが
好き嫌いに関わらず、合理的に、自身が向いていて
やれば能力が発揮出来ることだけをやりたい人には
これは非常に有効な手段と言える。

どうやってそれを知るかはまた別の問題だが。

が、向いているけど、別にそれが、やりたいことじゃない場合。
あるいは、好きだけど、能力的に向いていなかった場合。

〜〜〜
歌や音楽を長く教えてきているが
実際に、何にもしなくても最初から能力が高く
ちょっとやるだけで飛躍的に伸びる人もいれば

何年経ってどれほど練習してもほんの少ししか上達しない人も居る。

しかし、歌う能力が非常に高く、何なら仕事も取れそうだけど
「それを仕事にしようとは思わない」という人も確実に居る。

ただ好きだから、上手く歌えるようになりたいだけ、というだけで
10年近く、遠方からずっとレッスンに通っている方も居る。

〜〜〜
例え、どれほど”向いて”いなくても
在る程度は歌えるようになるものだ。
経験上、それには、だいたい
5年。

生まれた赤ん坊が、それなりに言葉を話し
それなりの音程で歌い、上手い子が出始めるのも
それくらい=5歳くらいの年齢じゃないだろうか。

歌の難しいところは
声をどうやって出し始めたか誰も覚えていない、ということだ。

生まれた瞬間に、人は声を発する。
それこそ、持って生まれた能力で
赤子の発声能力は
脱力しつつ最大の声量を喉に負担をかけず発するという意味で
非常に優れている。

が、問題はここにある。

どうやって出し始めたか覚えておらず
普段どうやってコントロールしているか意識もしたことも無いことを
自身のコントロール下に置く、ということの難しさ。

どうやって習得したか覚えてないけど
生きてきた年数分、毎日、使ってきたんだ、というプライドもある。
自分は発声の仕方に問題があるかも、と言ってレッスンに自ら来るのに
ここがこうだから、と直そうとすると、そうやると声が出しにくい、とか
そんなこと意識した事が無い、と、声の出し方を直すのに抵抗を示す人が殆どだ。

また、声は心とリンクしているので
内向きな感情の時に大きな声は出ない。

気分が落ちている時にも出ないし、不安なときは音程も不安定だ。
しかし不要なプライドを捨て、自分と向き合い始めた時
声は急速に、コントロール出来るようになり
それを続けると、在る時、壺に少しずつ貯めていた水がとうとう溢れ出るように
歌えるようになってくる。

石の上にも3年、という言葉があるが
3年やると、本人に、こうすれば出来るんじゃないかという道が見えてくる。

それまでは、元々歌えない人にとっては地獄の道でもある。
上手く出来なくても続けられるかどうかは本人次第。
挫折する人も多い。

そして、道が見えてきてさらに2年、
つまり5年やると、それが実現してくる。
そうなってくると、本人も教えている方も面白い。
急速に明らかに向いていなかったであろう人の能力が
開花してくる。

向いてないけど好き。

このことは、確実に人を上達させる。

向いてようが
向いてなかろうが
好きならやればいいと、私は思う。

好きかどうかに関わらず向いてるからやる、という選択肢よりも
向いてないけど、好きだからやる、という選択肢の方が
よほど続くし、よほど楽しい。

調査結果は統計学だから在る程度正しいだろうが
人生の楽しみとは実際には、そんな単純なものでは無いのだ。

〜〜〜
全く歌えなかったのに
直され抵抗しそれでも努力してまた凹んで
5年ほどしてある日、本人も自覚出来る程
”あっ!”と、歌えるようになってきた
その人の顔に出逢った時
人の努力の美しさに、心を打たれる。

そこには、向いているとか、向いていないという
瑣細なことは、介在しない。

Divas Live’98の中で
ヒラリークリントン氏が

「誰もがCeline Dionやアレサのように歌えるわけじゃない。
しかし音楽教育は、個々の内にある夢を叶えるチカラがある」と
そのイベントを支援するコメントをする場面がある。
1分30秒あたりから。

半ば幻想的に”向いていること”を探して
何処にも在りはしない自分を探しちゃったりする旅に出るより
好きな事をただやった方が
人生は楽しい。

〜〜〜
私は、化学には向いていない。
何度も、反吐が出るほど挫折した。
あの人達には勝てない、と思う人が
何人も居る。同期にも居た。

その人たちは、正に化学の達人で
一つ言えば500まで分かるような人たち。

元素や分子構造が、溶液の中に見えているんじゃないかと思わされる人も多い。
これを専従とする学者としては自分は無理だ。
しかし、好きだし、コマとしてなら、働ける能力はある。
そう思ったから、今の立場にある。

”じゃあ音楽は?
向いているとでも思ったの?”と半ば揶揄するように
質問された事がある。音楽を仕事とする人に。

向いているかどうかは知らない。
でも、物心つくまえから、音楽にずっと触れてきている。
記憶のある範囲で、もうピアノには触れていた。
ピアノ、声楽、トロンボーン、歌。
どれも、反吐が出る程挫折したし
今もそうだ。

でも、好きなんだわ。

ただそれだけだ。

それ以外に、自分が音楽をやっている理由は
別に無い。

他の音楽家も
つまるところは
そうなんじゃないだろうか。

知らんけど(←関西人)
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