気付きを得る人

“気付きを得た”というワードがある。ここ数年よく聞かれる単語。

このワードが使われる場面で、なるほど気付きを得ているなと感じられることは殆ど無いのだがそれは、というのはさておき、この、気付き、について。

だいたい

気付かない。

気付かない人は、自分が気付いてない、ということを認識する能力が低い。

説明されたことにも、そうですよね分かります、とか、やっぱそうですよね、そう思ってました、とか反射的に返してきて、その言葉の意味を噛もうとしない。

結果、美味い料理を口に入れても、入れた瞬間甘くて美味しいと喚くような反応しかしない。よく噛み味を確かめ、自分と照らし合わして振り返るという事がない。

だからいちいち、取るに足らないようなことを見つけただけでも、本人的にはこれはきっと誰も気付いてない大発見だ!と、ちょっと心が動かされただけのことに、ご大層に”気付きを得た”と宣う。

+

豊か、って、何だろう。

自分のことを自分で始末出来る人が、豊かな人なのではないかと最近思う。

やたらと”気付きを得る”人は、自分の始末がそもそも出来てない。

始末とは即ち、責任。

自分の始末も出来ないような人は、どんなにご立派な館にお住まいであろうが

豊かでは無い。

だんだん立派になってきたベランダ菜園の野菜。小粋菜っていう小カブらしい。ぼちぼち収穫か?奥の椿も蕾が膨らんできた。

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