無言の大衆

私は
戦争には反対だ。

私には
子供はいない。

でも
戦争には反対だ。

「みんなが、子供たちの未来のために動いてくれている」
「私たちではなく、子供たちのために」
という言葉をちょくちょく見かけるが
この言葉遣いには、少し
違和感を覚える。

子供たちだけのためなのか?
自分たちは?
戦後の激動を生きてきた、年を重ねた先輩たちは?

そんなことは言ってない
同じことじゃないか、という人も居るかもしれない。
でも、その微妙なニュアンスの違いが
先へ行って大きなずれを生む。

拡大解釈から戦争に突入してゆくのも
小さなずれから。

自分のために、と言うと
自己中心的に聞こえるかもしれないから
子供のために、と言うのだろうか?

しかし子供たちのために、と言う言葉は
他人のために、幼い子のために自分が動くようで
耳触りは良いが
キラキラワードと紙一重だ。

まずは自分のために。
自分の未来のために。

それが
人々の
子供たちの
未来につながる。

===
新宿で己の身に火をつけてまで訴えたかった彼の言葉が
どんなだったかは知らない。

しかし、目の前で起きて、自分に火を点ける場面に至ってまで
まるで他人事でスマートフォンで撮影し
焼身なうとつぶやける大衆の神経が空恐ろしい。

人は、無言の大衆に殺され
国も、沈黙の大衆に殺される。

私は
戦争には反対だ。
どんな理由があっても
戦争には反対だ。
what-goes-around-comes-around1.jpg

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