表現したいものは

ピアノのルーティンでここのところずっとクラシックの曲を練習しているのだが、つくづく思うのは、その曲を構成している音の全ての、一音の、重み。

この情景を表現するにはこの音、この音色、このテンポ、ピアノの音の詰みやフレーズのどれひとつ取っても、休符にするのか、伸ばすのか、その世界を表現する”作品”になるよう、作曲家が何日も、オーケストラものなら何年もかけて書かれた全てが、そこに練り込まれている。ひとつとして、間違ってそこに紛れこんでしまった音なんか無い。

表現したいものは、その、”作品”の世界。

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自分は、”わたし”を表現したいわけでは無かった、というのが、長い間探していた答えだったんだな。。。

“伝えたいワタシ”があるのではなく、この作品を表したい。

【表現したいのは自分ではなく、作品。】

書いて終えばたった、これだけの言葉。

たったこれだけのことが、いま。やっと。。。

だから、マスクしてまでライブやりたくないんだ。安いビニール吊り下げて、マスクで顔隠してやるようなライブは、わたしにとっては、作品ではない。

それが自分でちゃんと分かってなかった。

つまり逆に自分がライブをやる理由も、やっと明確になった。

やっと動き出せそうかなぁ。。

ほんま、自分にとってこのコロナ禍の長期休暇は、利点しかない。これまでのままなら絶対にとれなかった、長い、自由な、この先を生き抜くための、音楽の準備期間。

真っ盛りのシクラメン、うちに来て3年目。
夏の間はずっと、少ない葉だけで日陰でじっとしている。その間、むくむくと球根が育ち、冬に爆咲き。こんな魅力的な花だとは、育てるまで知らなかった。

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