通行禁止の先の道

パソコンデスク周りを一新。

実はこの10年くらい、PC周りはずっと変えたかったのです笑。吟味に吟味して買ったデスクは組み立て式。実に18パーツ。時間はいっぱいあるし、2時間くらいでゆっくり組み上げデスク周りの片付けに丸2日。

ついでにCDラックも整理して、もう「版で持っていることに意味がある」ものだけに限定することにして、ついでにピアノも動かしてピアノや録音周りも整理して、軽く引っ越しレベルの片付け魔発動。はーすっっきり。

デスクを整理する前にPCの中身も整理していて、買ったままほぼ放置だったfinaleを再インストールしてみようとしてみたり。色々障壁あってまだ終わってないけど。
それを見て夫が
「finaleなんか持ってたんだ。それ入れて何をしようと思ってるの?」


今やっていること、どれも
「これがやりたいからやっている」ことは何一つ無い。

何かに困ったからパソコン周りを整理したわけでもない
書きたい譜面があるから譜面ソフトに取り掛かるわけでもない
今すぐオンラインサロンを開設したいわけでもない(ってゆーかオンラインサロンは5年前からやってる)

ただ、これを今やりたい、ってことを、手当たり次第やっている。


大学に行くとき、何がしたいの?そこへ行って何になりたいの?とよく聞かれた。勉強なんてそもそも、何かになるためにするものではなく、やりたいからするものだ。何かになるためにする勉強なら、職業訓練やその手の専門学校へ行ったほうが早い。
そしてそれは、勉強以外でも同じ。

ミュージシャンになりたいから音楽を勉強する、っていうのは本末転倒で、音楽が好きでやりたいから勉強するのであり、ミュージシャンになるっていうのはその先にある。

やりたいこと、なりたいものの具体例ばかりが先行すると、そこまで到達するのは早いかもしれないが、やりたいコトやなりたいものは時と共に変わる。なりたいものになる前になりたいものが変わることもあるし、なりたいものになれなかったりする。

10年前までは自分もそうだった。やりたいこと、なりたいもの、そこから逆算の時間割。目の前には山積みの課題で、ただそれを克服していく人生。そんな生き方は、そのうち行き止まりに当たる。

今やりたいなぁと思うこと、なんの役に立つか知らんけどやっときたいと思うこと。

そういうものこそ、行った先で、自分が何かになりたいと思ったときに効力を発揮する。


スマホがほとんどの人の手に普及し始めた頃、5年くらい前か。その辺りから世界は飽和し始めててこの数年は決壊寸前に見えていた。需要と供給の表面張力はぎりぎりで、これ、どちらかが収束していくか、いっぺんに弾けるか、どちらかしか収縮して元の潮流に戻る法はないなーと思っていたらまさかの人類全員で立ち向かう系の疫病という形。

時計がふうっと止まり、急に通行禁止になった世界で、なんでこの先に行けないんだ!とパニくり、脇道を探して渋滞し、諍いか起こり、少し時間が経ってこりゃしばらく復旧しないな、となると、それぞれに向こうへ行く道を探し始める。

通行禁止の先の道は往来の喧騒が途絶え、本来流れるはずだった速さに時の進み方が戻る。

シンプルに、飯食って寝て、家を整えたりしていると、あんまりこの数年聴きたいとも思わなかった音楽をかけて、家で歌ったりとかしてて

本来こーゆーものじゃない?と思うのです。

金の稼ぎ方なんて、元気であればなんとでもなる。身も心も。

新しいデスク周り。すこぶる快適です。

ちなみに片付けるためにソファをリビングへ仮置きしてたらその位置が随分お気に召したご様子の我が家の姫。

ソファはそのままリビングに居座ることになりました。

と、書き散らして読み返さずに投下。勢いは大事。

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