鴨と香雪

11月半ば。
15時頃からの公園は、色付き始めた木々の葉を陽射しが縁取って
空は高く
香雪と2つ影を並べて散歩するのが、この時期の楽しみ。

公園の、鴨。
夏頃生まれた子は追っかけっこしながら、水しぶきを上げて遊びまわっている。

彼らは、あれが、仕事だ。
そこに存在して、生きていること。

香雪を飼い始めた10年前は超多忙で家にもあまり帰らず、いい加減な食事ばかり。こんなめちゃくちゃな生活ではダメだ、自分をまずは強制的にでも家に帰らせなければ、という理由も半分あって、飼い始めた。
家の中で犬を飼うのは初めてで、何もかも新鮮だった。
起きる、ご飯、寝る、散歩、寝る、飯、寝る、遊ぶ。

何かさせなくていいのかな?と最初の頃いつも思っていた。
Youtubeを見ると、お手伝いする犬とかもいる。
暇すぎて嫌じゃないだろうか?
こんなのでいいのか??

コロナ禍に入って家にいる時間が増え、香雪と一緒にいる時間も多くなり、彼女は前よりずっと落ち着いてきた。
私がずっと家に居るからだ。
かまってかまって、もあまり無く、時々起きてきては何かちょうだい、と言って、それを食べて、私の居場所を確認して、また寝る。満足そうだ。

香雪は、それが、仕事だ。
そこに存在して、生きていること。

【何のために生きるのか】
【生きる理由って何なのか】

ネットで検索すれば有象無象の結果が引っかかる。「生きるって何のため、って考えること、ありますよね」と響く箇所が一文字すら無い見事な出だしで始まるまとめサイト、生きる理由という本の紹介、何のために生きてるのっていう質問サイト、スピリチュアル、精神科、人類が言葉を持ってコミュニケーションする以上、文明がどれだけ進化しても、いや進化すればするだけ、この命題は語り語られるだろう。自分も考えてきた。

【何のために生きるのか】
【生きる理由って何なのか】

この命題がそもそも、もう違う。

生きるっていうのが、理由
生きるっていうのが、目的

飯を食うのも、生きるため
家に住むのも、生きるため
服を着るのも、生きるため

仕事するのも、酒を飲むのも、友達と会うのも、遊ぶのも
眠るのも、笑うのも、全部、ただ

生きるため

食うために生きるとか
住むために生きるとか
仕事するために生きるとか
理由と目的が逆になるから、見失う

しっかり眠って、朝、体を動かし、朝食を作り、軽く掃除をして、ベランダ園芸の世話をして、香雪にご飯を食べさせて、明日食べるパンを焼きヨーグルトを仕込み、午後に食べるおやつを作って、買い物、とか何とかきっちりやっていくと午前中があっという間にすぎていく。

以前のようにシャカリキに仕事してないし今年はコロナもあって、収入自体はガタ落ちした。
でも、何より心身は健康で、毎日、楽しい。暇だけど、暇じゃない。

ロードバイクで走れば2、3千円もあれば三浦で美味しいもの食べて帰って来れる。
生きる分を稼げればそれ「で」いいのではなく、それ「が」いい。


横浜の此処を下見にきたのはちょうど5年前の今頃。
東京での公演で、1週間ほど滞在するために始発の新幹線で香雪をケージに入れて抱え、スーツケースをごろごろ引いて、公演のリハに行く前に下見しようと大荷物を抱えて横浜に来た。快晴の日だった。

きつい坂を上がり、部屋を見に入り、ベランダからの景色を眺めた時
ああ、ここが良い。ここで暮らしたい。そう思った。
富士山を西に、東には横浜の海沿いの景色。

その頃のことを思い出すと、本当にめちゃくちゃに働いてて、でもあんまり、経済的にも気持ちも余裕は全く無かった。
今の方が経済的には無いのに、今の方が全然毎日楽しい。

老年は山登りに似ている。
登れば登るほど 息切れするが
視野は益々広くなる

イングマール・ベルイマン

半世紀生きてきて
少しは視野が広がっただろうか

観音崎灯台より房総半島を眺める

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