17年目の1.17

あの日、1995.1.17。
阪神淡路大震災から、17年。

今年は、追悼式には行かず
先週末、あの日亡くなった親友の家を訪ねた。
お父さん、お母さんに会うのは2年ぶり。
今や私はこの2人の娘であり
私にとってこの2人は、両親でもある。

親友の弟さん夫婦、その3人の息子ちゃんたちも、顔を出してくれた。
小さいころから知っているのもあり
めぐちゃんめぐちゃんとなつく、素直で、子供らしい、かわいい子たちだ。

みんなで鍋をつつき、酒を飲み、そのまま一晩泊らせてもらった。
いっぱい笑って、いっぱい泣いた。
長い間言えなかったことも、この日は全部話した。
温かい家族のだんらんのひとときを味わわせてもらって
本当に、そして久しぶりに、心からくつろいだひと時だった。

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地震で 奪われたもの。
地震で 生まれたもの。
昨年の漢字は【絆】
温かさとか、強さとか
どうも前向きなイメージで報じられがちなその”絆”は
途方もない悲しみの種から生まれたことを
忘れてはいけないと思う。

心の傷は
カサブタが取れても
跡が薄くなっても
ずっと、残り続ける。
そこに生きていた人を
そこで呼吸していた街を
忘れることなんて
出来ない。

===
今日という日は、亡くなったあの人が
生きるつもりだった今日。
明日という日は、
あの人が生きたかった明日。

悶々としたまま、こんな自分が生きてていいのかと思った時期もあった。
仕事で神戸を離れなくてはならなかったことが
神戸を見捨てる気がして、本当に辛かったけれど
それよりもっとつらい思いをしている人たちがいることを考えたら
その気持ちを吐くことはできなかった。
でも、あの日があるから
自分の道を見直し、これまで生きてきたことも確かで
あの日があるから、これまで生かされてきた。

===
ちゃんと、生かされていることに感謝して
日々生きられているか。
1.17という日は、自分を振り返り、律する日でもある。
3.11のことも、日本中で、世界中で起こる災害や事故のことも考える。

そこで犠牲になった人
犠牲になった人の家族や友人
失われた多くのもの
そのために何が出来るかは、その時々の状況や、その人によって違う。
これが正しいなんていう正解は無い。

行動に起こしても、今は起こせなくても
心ある人はみな、それぞれ、考えている。
その行動がそれぞれ違うことを
受け入れられる人でありたい。

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今朝。
昨年、東遊園地での追悼式で知り合った女性が
今日も追悼式に来ていますと写真を送ってくださった。
ひとつひとつ手作りされた竹灯篭に書いてある
“笑” の文字。
その写真に、その方のメッセージが添えられていた
「めぐみさんが少しでも笑顔でいられますように」

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