ゆきやなぎ

去年の昨日、3ヶ月弱の神戸借り暮らしを終えて、新幹線で香雪と横浜に来た。駅からの坂を上がる入り口に桜の木があることに、引越しを終えた1月は気付かなかった。満開に近い桜を見上げながら、いよいよ横浜での暮らしが始まるんだなあ、と感慨深いようななんとも言えない気持ちになりながら坂をあがった。不安は不思議なほど無かった。
 
翌日つまり去年の今日。新しい昼仕事先に初出勤。徒歩15分の仕事場に巡り合うとか、こういうのの引きは自分は本当に良い。仕事場まで向かう途中、人生で初めて電線に止まった鳩の糞の直撃を袖にまともに受けた。会社に着いて挨拶も早々に手洗いでコートの袖を洗った。ウンが着くとは幸先いいわ、とか思いながら。帰宅後お気に入りの公園に香雪と出向くと、桜と雪柳が一緒に咲いていた。
 
それから1年が経った。公園の小道沿いに植わった背の低い雪柳を見ながら、懐かしい淀川河川敷公園の見事な雪柳を思い出す。背丈を越える雪柳の並木、あの高さになるまで何年かかるのだろう、35年くらいかな、とふと思った時過ぎった。
その高さになる頃自分はもう、この世にはいないのかもしれないんだな。 

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40歳までの景色と、45歳を超えてからの景色はまるで違う。例えば90歳まで生きるとしても、40歳だと自分の生きてきた年数からまだ10年もあるが45歳だと自分の生きてきた年数であり、そこを越えるともう自分が生きてきた年数より短い。

かつての生徒さんに、「50になった時、ああ山を登ってきたんだ、で、ここが頂上なんだ、あとは山を降りるんだな、と思った」という方がいたが、何を言っているんだろうと思ったその感覚も、だんだんわかるようになってきた。残りの人生、という言葉が現実味を帯びてきて、若い頃は全く理解できなかった、歳を重ねた音楽家がそれまでの活動形態を大きく変えたり、なんなら辞めてしまったり、ということも、この歳になって理解ができるようになってきた。そもそも若い時に残りの人生なんていう言葉は思いつかない。

梅が咲いて、杏が咲いて、桜が咲いて、今の季節はレンギョウにゆきやなぎ、花桃、もうすこししたらハナミズキ、コデマリ、オオデマリ、山吹、と、木の花の季節が続く。年々一年草より多年草、草より木の花が好きになってきたのも年齢なのだろうか。歳を重ねるということはとても楽しい。できることが一つずつ増え、要らないものがひとつずつ減り、許せることが増え、許せないことは捨てられる。

雪柳が何年でどれくらい大きくなるかは知らない。Google先生にでも聞けばわかるのかもしれないが、そんなことは知らなくてもいい。また来年も、穏やかな気持ちで雪柳が見られるように、今年一年、じっくりと過ごしたい。
来月。
heat elementsの新譜が出ます。

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