La ràzon de vivir

cantará el corazón
la razón de vivir
cantará sin hablar ni sentir


生と死の境界線は、寄せる波際のように
行きつ戻りつ、常に形を変えて、そこに揺らめいている。
決して掴めない。
しかし確かに、そこに在る。
彼岸と此岸。
迷い人を誘うさざ波。
一歩先にはいつも、向こう側がある。

6月6日。
フラメンコの本場ヘレスから迎えられた
偉大なカンタオール、Manuel de la Malena氏の歌と
今回私を呼んで下さった、日本を代表するバイラオール佐藤浩希氏の
極上のパルマに挟まれるという
とんでもない場所での、カンテデビュー。

アルテイソレラの発表会の、舞踊伴唄。
全17曲種、23曲のうち
7曲種、8曲を歌わせていただいた。

Petenera、Guajira、Tanguillo de Cadiz、Garrotin、Rumba、Bambera、Buleria

この最後のブレリアで取り上げられていたのが
【Canción de Orfeo】、黒いオルフェのスペイン語バージョン。

何度も繰り返される、叫びにも近い冒頭に挙げた歌詞。
次第に熱がこもってくる。

もともと歌う予定ではなかったのだが
知っている曲だったのもあり、歌詞をチェックして
リハでうっすらと歌っていると浩希氏が

「歌える?んだったらがっつり声張ってくれない?
がんがん行きたいんだよ!」

この曲は、みんなで歌うはずだった。
この日のカンテは4人。
リハでもみんな歌ってた。
本番、だんだん私だけになっていった。。。何で?笑


半年前、あの黒く揺らぐさざ波に誘われるままに
あちらへ行っていたら
この舞台に立ってはいなかった。

生の境界線なんて本当に、あいまいなものだ。
波間で揺られて、もがきあがいているときに
自分の時は、何人かの人がたまたま、あるいは意図して、筏を投げ入れてくれた。
あの筏がもう1日でも遅かったら
私は、ここには居ない。


フラメンコは、生と死、絶望、悲嘆、そういった
人間の黒い部分を抉り出し
内に込め、それを吐きだし、歌い、踊る。
リハで何度も、「もっと!嘆いて!」と
檄を飛ばされる。

前回2月に、シギリージャをやったときもそうだった。
怖い。
目の前に、あの境界線を見ていた記憶がまだ鮮明に残っていて
向こう側に体を投げ入れるのが怖い。


本番前。Manuelがぽんぽん、と肩を叩いて
簡単なスペイン語で、話しかけてくれた。
何を言っているか分かった。


飢餓、病気、貧困
しかし人を本当に蝕むのは孤独だ。

誰にも必要とされない
誰にも認められない
腹をいくら満たしても、孤独は命を満たさない。


カンテは今年始めたばかりだが
フラメンコの唄、ギター、踊り、パルマ(手拍子)
どれをとっても、本来音響の必要の無い、生活の中の音楽と舞踊。
民衆の苦しい生活の中から生まれた、生々しい生、命、歌。

ずっとやりたかったこと。
アルテイソレラの”フラメンコ曾根崎心中”を見て、フラメンコバイレを習い始めてから
いつかこの人たちと、と思っていた方々。

途切れかけた線を何度も繋ぎながら、たどり着いた縁。
その中で時折、筏をまた補強してくれる人々。

諦めたら、そこで終わり。と
言うのは簡単で、月並みな言葉だが
4月の極悪、5月末のヒーテレ、そしてその翌週の、これ。

あの時
全部辞めてしまわなくて
よかった。


Manuelが、終演後言ってくれた。

お前の歌は良い。
フラメンコは初めてかもしれないけど
ちゃんと、ずっと、歌ってきたんだなって分かる。
歌おう。これからも。

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