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奥本めぐみ

シンガーソングライター
フラメンコカンタオーラ(フラメンコ歌手)
ボーカル/ピアノ
作曲家/編曲家

ジャンル:Jazz-Funk、POP、AOR、R&B-Soul、Flamenco
活動期間:1999年〜



◆略歴◆

1999年よりプロ活動開始以来、シンガーソングライター、ボーカリスト、ピアニストとして自身の名義による多くの作品を発表、年間100本近いリーダーライブ活動を全国で展開。これまでにアルバム7枚をリリースしている。
ブログの文章にも表出するように、鋭く深淵な視点から繰り出される言葉と、スケールの大きい音楽は、初めて聞いてもその歌詞が一発で心に届き、その音情景とあいまってまるで一編の映画を見るようだ、と高い評価を得ている。
また、Jazz-Funk、Flamenco、Latin、Jazz、World-Musicなど、ジャンルをまたいで超える創造力と、理系脳から導かれる的確なディレクションで現場ミュージシャンからの支持も厚い。
2015年から始めたフラメンコカンテに於いては、始めて1年で日本フラメンコ協会主催新人公演にて準奨励賞をいきなり受賞し注目を浴びる。佐藤浩希・鍵田真由美アルテイソレラ舞踊団、平富恵、今枝友加ら日本のトップフラメンコアーティストたちと次々に共演、「この先の日本カンテ界に強烈な活性化と進化をもたらし、彼女の存在は確実にカンテに新しい波をもたらすだろう」と評される。


◆Wikipedia的プロフィール◆

奥本めぐみ(1970.1.12-)は日本のシンガーソングライター、フラメンコカンタオーラ、作編曲家
神戸市出身、横浜在住。
身長159cm、血液型B型
大阪府立大学大学院・総合科学研究科修了(理学修士、専門は構造有機化学)


1.人物

1999年、29歳でプロ活動開始以来、シンガーソングライターとして自身の名義による多くの作品を発表、年間100本近いリーダーライブ活動を全国で展開。
鋭く深淵な視点から繰り出される、情緒溢れる洗練の日本語で綴る歌詞と、感動的でスケール感溢れる音楽は、初めて聞いてもその歌詞が一発で心に届いてくる、まるで一編の映画を見るようだ、と高い評価を得ている。
また、Jazz-Funk、Flamenco、Latin、Jazz、World-Musicなど、ジャンルをまたいで超える創造力と、理系脳から導かれる的確なディレクションで現場ミュージシャンからの支持も厚い。

2015年から始めたフラメンコカンテに於いては、始めて1年で日本フラメンコ協会主催新人公演にて準奨励賞をいきなり受賞し注目を浴びる。佐藤浩希・鍵田真由美アルテイソレラ舞踊団、平富恵、今枝友加ら日本のトップフラメンコアーティストたちと次々に共演、「この先の日本カンテ界に強烈な活性化と進化をもたらし、彼女の存在は確実にカンテに新しい波をもたらすだろう」と評される。


2.来歴とエピソード

神戸市兵庫区に生まれる。父母弟の典型的核家族。
学校の先生にしたかった母の先導により3歳からピアノ、4歳から絵画、5歳以降は書道・水泳と教員試験に必要な項目の習い事をあれこれとや(らされ)る。

<小学校:ピアノと歌>
小学1年の時、通っていたピアノの先生がある日、レッスン終わりに突然8小節くらいのフレーズを両手でいきなり弾き始め、何弾いてるのかな〜と思っていたら「はい書いて」と言われ驚愕。ドの音も示されていない、調性も拍子も小節数も不明、そもそも色音符をようやく卒業した程度の6歳児で、「え?書く??」ときょとんとしていたら「はい、じゃあ今日は終わり!」その後毎回それが続くうちに、書くのはとても追いつかないので弾いていいですかと聞くとそれでも良いと言われ、そのうち「ドレミ」の音を覚えていたら何弾いてるかわかるんじゃないかという発想から毎日ドレミをピアノで弾いて覚え、とかしているうちに、絶対音と、聞いたものをピアノでそのまま弾く技術をいつの間にか身につけるが、これが後々非常に役立つこととなる。ちなみにその先生、弾かれたものを弾いて、合ってましたか?と聞くと「合ってれば自分でわかるでしょ」と小学1年生にいきなり真理を説く壮絶な人だったが、本人のピアノ技術と意志も高すぎて間も無くウィーンに行ってしまった。
また、転校先で小学5年から通い始めたピアノ教室の先生が声楽専門だったことから、ピアノのレッスンの合間に歌の指導も受け、歌が面白くなって小学校の合唱団にも入団するも、聞いたものをそのまま弾けるという特技が買われピアノ伴奏も兼任。この辺りから弾いて歌うという素地が作られ始める。

<中学:吹奏楽と洋楽>
中学校で吹奏楽部の見学に行き、一番後ろで何やら長い棒を前後させて大きな音を出している楽器がかっこいい、とトロンボーンを始める。一方、友人に洋楽好きがいて初めて貸しレコード店なるものに連れて行かれ、そこでジャケ借りしたAir Supplyが気に入る。特に「Making love out of nothing at all」という曲の早い英語がかっこよく、英語で歌えるようになりたいと思いひたすら歌詞カードと首っぴきでこの曲を練習する傍ら、こういった明るい曲を作って歌いたいと思うようになり、自作の曲を音楽室で弾き歌いしていた。初オリジナルのタイトルは「Take off」。タイトルからして青春。

<高校:吹奏楽時代>
高校時代(兵庫県立兵庫高等学校)は松井隆司教諭の指導の下、盆も正月もないハードな吹奏楽人生に明け暮れ、一時はトロンボーンで音楽大学を目指すも、オーケストラ団員にトロンボーンの空きが殆ど無いという現実を高3の夏に知り、音楽人生を目指す途中でリタイア。この当時は通学の電車中ですら売り出したばかりのウォークマンでレスピーギやストラビンスキーを聞いているような高校生であったため、せっかく80年代の豊かな洋楽/邦楽リアルタイム世代であったにも関わらずそれらのPOPミュージックには全く触れずに過ごした。
その一方、高校では全クラス対抗合唱コンクールがあり、ここでも聞いたものは弾ける能力が買われ高3のクラスでやった宇宙戦艦ヤマトの伴奏では自己アレンジの伴奏をし大変脚光を浴びた。

<大学〜大学院:化学と歌>
高3の夏に音大志望を諦めたものの、それまで音楽しかやっていなかったため何を目指せばいいか迷う。大学には行きたかったので、音楽の次に好きだった化学なら大学に行く甲斐もあろうと、文系クラスに居ながらにして理転、その夏1日17時間という猛勉強を経て大阪府立大学総合科学部に入学。大学4年次に大阪大学より転勤で来られた山本浩司教授の人柄と研究内容に惹かれて有機合成の研究室に入る。まだこの世に存在しない物質を自分の手で設計し合成するという研究課題は創造欲を大いに刺激し、また当時の研究室メンバーにも恵まれ大学4年の1年間だけでは物足らないとそのまま大学院へ進学。C60フラーレンの構造分子、不斉合成触媒、カテナン(2016年ノーベル化学賞受賞のソバージュ教授が当時最先端)など最新流行とも言える研究テーマに夜も昼も没頭。音楽はもう趣味でいいかな、と思い始める。

時代は80年代後半〜90年代で、洋楽ではWhitney Houston、Mariah Carey、Celine Dionなど非常に歌のうまい歌姫がスマッシュヒットを放ち、邦楽では久保田利伸、Dreams come trueなどBlack要素のある人々が台頭し始め、そのあたりのジャンルの音楽をよく聞くようになる。特に邦楽では角松敏生とBarbee Boysに傾倒し、今もその影響は非常に大きい。また日本ではアカペラブームの頃で、吹奏楽部時代の先輩でアカペラグループをやっている方に誘われアカペラグループを結成、Take6やReal Group、Manhattan Transferなどもコピー、歌の下地が出来始める。

一方で近所に住んでいた高校時代の友人が、自作の詩を見せてくれたところから、歌の歌詞を一緒に書いてみる、ということを始める。家でお茶を飲むのがメインだったが、言葉について議論をかわし、言葉について人と話す機会をこの頃得る。

<社会人時代:震災と音楽への復帰>
大学院卒業後、大手電器メーカーの電池部門に就職、有機分析を担当。職場にビッグバンド部があり、トロンボーンで少しずつ参加するうちに、やはり音楽は趣味でいい、と思うようになるが、入社1年目の冬1995年1月17日、地元神戸に阪神淡路大震災。親友を亡くす。これをきっかけに、年齢的な事もあいまって自身の今後を考えるようになり、やはり音楽を再度志すことを決意。通勤の関係で京都に引っ越した後、クラシック以外の音楽関係に知り合いがいなかったので、とりあえず音楽学校にでも行けば誰か知り合いができるだろう、とAN Music Schoolボーカル科に入学。入学1年目の学内発表会で、DUOか弾き語りで1曲発表すること、という課題を与えられ、伴奏を頼める人が当時いなかったのでやむなく弾き語りで”Saving all my love for you/Whitney Houston”を歌うが、本番弾き歌っている最中に、これだな、という感覚になり、以降弾き語りで活動することを念頭に置き、少しずつ曲などを作り始める。その後特待生で修了すると同時に、1999年頃より自身の活動を開始する。

<京都伏見時代>
会社員を退職後、音楽学校時代を経て京都でのプロ活動を開始。オリジナル曲と洋楽のカバー半々の割合でライブ活動を展開する。当時知り合ったギタリストとのDUOの活動が主というかほとんどそれだけだったのは、活動し始めてすぐになぜか突然人の家に自分の荷物を運び入れ始めて居候を始めたそのギタリストのDVに長く悩まされ、また他の人と演奏すると俺とやるのが嫌だからだろうと酒を飲んで殴るという誰がどこから見ても**なこの人物の支配下に置かれたため、正直なところあまりこの当時の活動を覚えていないというか思い出したくない。From Now OnというDUO名で活動し、アルバムも1枚発売したが、京都を出ることもほとんどなく活動は終わる。暴力反対。しかしDVは本当に根が深い。されている方も事実を自分で認め、人に打ち明けられるようになるまでには相当の時間を要する。もし周りでそういった気配がある人がいたらしつこいくらい聞いてあげてください。

<大阪十三時代:Jazz-Funk Sessionとの出会い>
京都時代のメンバーとようやく別れ次の活動の場を探っていた時、知り合いのドラマーから好きそうなセッションがあるから行ってみれば、と紹介されて2007年4月初めて関西Jazz-Funk Sessionを覗きに行くも、知っている曲がほぼ皆無で撃沈。セッション終わり頃になって前日自分のライブでやった曲がたまたまコールされ、何もせずに帰るわけにはいかない、と持っていったトロンボーンでホーンセクション参戦しつつコーラスもやる。その次の曲も前日自分がたまたまやってた曲で、鍵盤がいないと言われこれまた必死で参戦する。自分としてはとにかく出来ることを無我夢中でやっただけだったのだが、主催者でありセッションホストだったBJ笹井克彦(Bs)側から見ると、トロンボーン吹いてたと思ったらコーラスしてそのあと鍵盤弾くとか何事!?だったらしく一気に意気投合。その2ヶ月後から毎月ホスト参戦を依頼される。ここでの影響は現在の音楽活動に多大な影響を与え、そのことは何度となくBlogでエピソードを書いている。
このセッションによく参戦していた主メンバーの何人かとその後バンド活動を始める。2007年7月、heat elements始動(中島岳Gt、BJ笹井克彦Bs、衣笠智英Dr、その後2009年より古賀和憲がギターで正式加入)、2007年10月、SONIC LOGIC始動(馬場孝喜Gt、森多聞Bs、渕雅隆Dr、その後荻野哲史がベースで正式加入)。heat elementsは当初からオリジナル、SONIC LOGICは変拍子系Jazz-Funkカバーがメイン。
またその頃からJazz-Funk界隈のミュージシャン達に縁がつながり、37歳にしてやっとまともな音楽活動を本格的にスタートさせる。Roy Hargrove、Robert Glasperなどニューヨークのアーティストの曲を演奏することも多くなるにつれ、ニューヨークへ一度行ってみたいという思いが募り、2009年、ニューヨークに単身留学。その後再度渡米し、ニューヨークの空気とサウンドに触れる。
またこの頃からJazzの仕事も増え始めたのをきっかけに2011年、第12回神戸ジャズボーカルクイーンコンテストに初挑戦、準グランプリを受賞。当時ほとんどJazz界隈への知名度がなかっただけに大きな反響を得た。
heat elementsはその後、2009年にBloom、2017年にはScratchと2枚のアルバムをリリース、また2015年には弾き語りメインのソロアルバム”天上の花”をリリースし、オリジナルでの活動をさらに確固たるものにする。

<Flamenco>
2013年、ひょんな縁からスペイン・ヘレスへフラメンコを見に渡西、その時に知り合った佐藤浩希氏に誘われ2015年、かねてから興味を持っていたフラメンコカンテの世界へ足を踏み入れる。スペイン語の独特の響きや独特の音楽構造を持つフラメンコに興味を惹かれ、フラメンコカンテ(歌)の勉強を独学で始める。2016年、横浜に拠点を移し、その年、日本フラメンコ協会新人公演にフラメンコ歴1年で出場、準奨励賞をいきなり受賞し大きな反響を得る。


3.現在の活動

オリジナルとフラメンコカンテの2軸で活動中。
オリジナルは、2019年5月1日にソロ名義では2作目となる”XANADU”をリリース。12年目に入ったheat elementsの活動と共に、全国で活動を展開。
またフラメンコカンテは、定期的にタブラオライブに出演するなど、着実な活動を続けている。

<メインの活動>
◆heat elements(2007年〜)
奥本めぐみ:Vocal/Piano/Keyboard
古賀和憲:Gt
BJ笹井克彦:Bs
衣笠智英:Drums

◆奥本めぐみXANADU(2016年〜)
アルバムレコーディングメンバーは
奥本めぐみ:Vocal/Piano
藤吉悠:Sax
広瀬未来:Trp
堀内正隆:Bs
橋本現輝:Dr
柴田亮太郎:Gt
大儀見元:Perc

◆Barbra Streisand Tribute(2012年〜)
奥本めぐみ:Vocal/Piano
原満章:Bass
梶原大志郎:Drums & Percussions

◆Flamenco Cante(2015年〜)


4.影響を受けた楽曲

◆Making Love Out of Nothing at all/Air Supply
中学校時代の悪友で洋楽好きがいて、その人に連れられて初めて行った貸しレコード店に当時面出しで置かれていた気球のジャケットに惹かれてジャケ借りしたアルバムに入っていた1曲。早い英語がかっこよくてこの歌ばかり練習した。

Making love out of nothing at all/Air Supply

◆シェエラザード/Rimsky Korsakov
高校での吹奏楽部時代、その当時手に入るだけの管弦楽団の演奏を全部集め、スコアを読んで全パート覚えようとするほど聞き込んだ交響組曲。中でも王道だがカラヤン=ベルリンフィルの演奏は本当にテープが切れるまで聞き込んだ。コルサコフ、レスピーギらの色彩豊かなオーケストレーションは今でも作編曲に大きな影響を受けている。

交響組曲”シェヘラザード”/カラヤン指揮・ベルリンフィル交響楽団

◆飴色の街/角松敏生
大学に入り、自分が演奏する、ということから少し離れた頃、レンタルCD屋で平置きしてあったジャケットに惹かれて(だいたい気に入ったものはジャケ借りが多い)聴き始め、1曲目のイントロからやられた楽曲。曲の構成や作りにはいまだに角松氏の影響は大きい。その後角松氏のバンドで共演もしている大儀見元氏と自分も共演するようになるのだから人生は本当にわからない。

飴色の街/角松敏生

◆Here’s to Life/Barbra Streisand
音楽学校ボーカル科で師事した大妻ひとみ氏に、あなたこの人をとにかくやりなさいと言われカバーし始めたのがBarbra Streisand。2006年のトロント公演に行くほど歌の全てに影響を受けた人。2012年より毎年トリビュートをやっているが、50歳を過ぎてからのBarbraは声と歌の深みが素晴らしい。特にこのHere’s to Lifeは自身もホテルのラウンジ仕事で毎回歌っている。

Here’s to Life/Barbra Streisand-Live@Village Vanguard2009

5.プライベート

こゆき
愛犬・香雪(こゆき)。トイプードル、乙女座8歳、高め女子力と心理戦で飼い主を翻弄中。

・ガーデニングと料理が趣味。年に1〜2回、Meg’s Diningという、ひたすら自分が作って仲間が食うという宴会を開催している。また、乗り鉄でもある。

・何でも出来ると思われている節があるが、歩きながらペットボトルが飲めない。

・ 2010年よりトイプードルの香雪(こゆき)と暮らす。