Requiem

東日本大震災の取材に行かれていた冨田きよむ氏から
現地の写真が届いた。
震災後すぐに現地に自ら入られての9日間の取材。
頂いた写真は、8カ所、310枚。
確かな腕で映し取られた
過酷な、現場の写真。
精緻な画面の奥に映し込まれているのは
凄絶な現実。

・・・改めて思う。
この災害は、たった1揺れで2万もの命が失われた…のだけれど
1人の方が1揺れで亡くなられた地震が、2万件
地球上の、あの狭い1点で、1分にも満たない短い時間の中で
同時に起こった災害だと。

中にはここに載せられない厳しい写真もあった。
放送や報道では見ることは出来ない。
ただ、この写真を、この現実を
この、膨大な、死を
今しっかり目と記憶に焼き付けるのが
私の使命だと思った。

大きな災害地や戦地での取材を主とする冨田氏とは
この地震の前にひょんな縁で知り合い
私の音を聞いて下さって
”弱者の視点が持つ強さを感じる”
”忘れてしまっていた大切なものが突然出てきてどきんとした”
という感想を下さったのだが
取材の間、宿に帰ってずっと私の音を聞いて
翌日の取材に臨まれたそうだ。
送られた写真と共に、冨田氏から頂いたメッセージがある。
(抜粋)

===
あなたの音楽で救われながら撮影した写真です。
半分あなたの写真と言っても過言ではありません。
この写真は、半分はあなたが撮ったんです。
音楽をやっている方々、若い方々にはぜひ見ていただきたい
===
そんな写真の1枚。
どうか、この持ち主の無事を。
もしも無事なら、一握でも、光ある未来を。

【3月21日、仙台市若林区荒浜にて。このピアノを弾いていた人の無事を祈る】
Photo & Caption by Kiyomu Tomita

===
ある友人が昨年末頃に、ふとアドバイスしてくれたことがある。
貴女が次に創るアルバムは
被災地で聞きたくなるようなアルバム
レクイエムのような歌
そんなのが、いいと思う、と。

その言葉がずっと、心に留まっていたのだけれど
それが冨田氏の言葉と結びついた。
冨田氏曰く
写真は記録。
記録は、記憶につながり
記憶は想い出に昇華する。
想い出こそが、次の世代につながる、と。

そんな、昇華していく記憶を歌に留めて
次の世代へ、手渡していくこと。
思いや記憶を、歌に込めること
それが、どうも
私に与えられた、使命のようだ。

===
あの日からずっと、この歌が頭から離れない。
これほど哀しく、これほど激しく
これほど美しいHallelujahを
私は知らない。

レクイエム、とはラテン語で「安息を」という意味の言葉。
死者の安息を神に祈るミサのこと。
私には、今もこれからも
少なくともこのことに関して
元気出してソングは多分、到底書けない。
私が書いて、遺してゆけるとしたら
こういう、歌だろうと思う。

【Pearls/Sade】
ソマリアに、一人の女がいる。
道端で真珠をかき集めている。
自然よりも強い力が
彼女の意思を奮い立たせる

こうして 彼女は死んでゆく
生き延びるために 死んでゆく
彼女の心の中は どうなっているのだろう
あれほど勇敢になれたらいいのに

彼女は天にすがって泣いている
私の心には今、一つの石がある。
彼女の一生は自分で選んだものではない
そしてその事が、新しい靴を履いた時のような痛みをもたらす
新しい靴を履いた時のような痛みをもたらす

ソマリアに一人の女がいる。
太陽は無慈悲に彼女を照りつける。
私たちは同じ空の下に暮らしているのに
その空は、彼女の身体を、じりじりと、骨まで焦がす

午後の影のように
家への道程は長い
可愛い娘のための真珠
その一粒ひとつぶは ていねいに包まれている

Hallelujah
Hallelujah

彼女は天にすがって泣いている
私の心には、いま、一つの石がある。
彼女は、彼女が選んだ人生ではない一生を生きている。
そしてその事が 新しい靴を履いたときのような痛みをもたらす
新しい靴を履いたときのような 痛みをもたらす

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